2023年度(令和5年度)、味の素社に120名の新入社員が入社しました。
今回は、今年度の新入社員のなかから「ぜひ藤江さんと話したい!」と手を挙げた3人が社長室を訪れました。あれもこれも聞きたいという3人と藤江さんとの座談会を前編・中編・後編の三部作でお届けします。
前編は「藤江さんはどんな新入社員でしたか?」という話題からスタート。
味の素社の社長である藤江さんが新入社員だったころ、どのような日々を送っていたのでしょうか。たしかに気になるところです。
浪川晶衣さん
アミノサイエンス事業本部
ダイレクトマーケティング部
販売マーケティンググループ
イギリスの大学でマーケティングを学んでいたという浪川さん。「藤江さんの海外でのご経験と、自分が感じたことに重なるところがあるのではと思い、直接お話を伺いたいと思いました」
石川知真さん
食品研究所
包装設計グループ
高校時代は遠泳、大学時代はバンド活動に熱中していたという石川さん。「私は研究所勤務で、本社にいらっしゃる藤江さんとお会いできる機会が少なそうなので、この企画は直接お話できるチャンスと思い、参加しました」
田中梨紗さん
食品事業本部
調味料事業部
SCMグループ
大学時代は地元福島の農産物のPR活動を行っていたという田中さん。「入社式のときに、藤江さんのお話の内容がとても魅力的で、もっとお話をして藤江さんからたくさん吸収したいと思い参加しました」
藤江さんは、どんな新入社員でしたか?
ーーーまず、藤江さんの新入社員時代から現在に至るまでのお話を伺えますか?
藤江社長
僕は1961年に生まれ、大阪で育って、大学まで関西だったんですよ。学生時代はウィンドサーフィンに熱中をしていました。体育会ですから、ずっと合宿所のある琵琶湖に入り浸って過ごしていました。みんながネクタイをして就職面接に行っているという情報すら、まったく入ってこないようなところで、とにかくずっと練習ばかりしていたんです。
味の素社に入社して最初に配属されたのは本社の人事部です。人事部で4年間。その後、神戸営業所に5年間、それから労働組合の専従を10年間やりました。その後、中国、フィリピン、ブラジル、そして日本に帰ってくるというキャリアです。振り返ってみると仕事を通じてあらゆることを経験させてもらったと思っています。「専門性がないのが専門性」というのが私の強みでしょうか(笑)。
「最初の仕事」は、800人の顔と名前を覚えること
田中さん
藤江さんは新入社員時代、どんな日々を過ごされていましたか?
藤江社長
入社当初は人事部に配属になり、採用と研修を担当しました。携帯もパソコンもない時代で、採用期間はずっと電話での応対という毎日でした。
人事部には顔の怖い上司がいまして(笑)、その上司から「まず、これが君の仕事だ」と言って、たくさんの顔写真が載った冊子を渡されました。それは本社勤務の従業員800人の顔写真と名前のリストだったのですが、その顔と名前をしっかり覚えなさい、というのが最初の仕事だったと思います。
つまり、毎日800人の顔写真と名前をずっと見ていました。
全員
800人!
藤江社長
ただ、当時の味の素社の従業員は約5,500人。上司からは「いずれは5,500人の顔と名前を覚えるくらいの気持ちでやりなさい」と言われました。
人事なので、人と顔と、その人がどういう人物なのかというのをなるべく深く観察しなさいと言われました。それはいま思えば非常にありがたい経験だったと思います。
人への関心は、そのときに自然と身についたのではないでしょうか。
田中さん
たしかに、私も入社してからたくさんの方とお会いして、名前と顔を覚えるのは大変だなと思っていますが、お話をうかがって、関係を築くうえでも、とても大事だと思いました。がんばります。
藤江社長
あとは・・・毎日のように先輩に連れられて飲みに行っていました。(笑) そんな日々です。
休日はとにかく「乱読」
田中さん
ところでお休みの日はどのように過ごされていましたか?
藤江社長
最初の1年ぐらいは材木座(神奈川県鎌倉市にある海水浴場)に行って、ウィンドサーフィンをやっていました。それ以外はしっかり本を読んでいました。もうたくさん。とにかく乱読です。
なぜかというと、その顔の怖い上司から「本を読め!」と言われていたからです。「なんでもいいからいろいろ読め!」と言われまして、その上司が読んだ本を借りたり、もらったり、自分でも面白そうなものを見つけたり、経済書だけじゃなくて、歴史とか文化、小説などの本を、年間100冊くらいは読んだと思います。
田中さん
私も本を読むのですが、社会人になってからは業界や会社に関係のある本ばかり読んでいます。そうですね、いろんなジャンルの本を読もうと思います。
「言ってることが間違っていてもいいんだよ」
田中さん
新人時代に、難しかったことや、つらいと思ったことはありますか?
藤江社長
あんまり、つらいって感覚は・・・なかったかなあ。
ラテン系のノリだったんですかね?何かいろいろと大変なことがあっても、乗り越えて行こうという雰囲気でした。まわりの人たちがそうだったので、自然と背中を押してもらったという印象があります。
田中さん
そうなんですね。
藤江社長
あ、ただ、ちょっと苦労したことがありました。
学生時代に体育会だったからということもありますが、先輩の言うことは絶対で、口答えをしてはいけないという習慣が身についていて、言いたいことがあっても、会議の場では発言しませんでした。基本的には主張するタイプの人間だと思うのですが、それをおさえていました。
いろんなことを考えても、自分なりの意見をしっかり持てなかったから言えなかったというのもあると思うんです。また、発言して間違っていたらどうしようかとも思っていました。
ところがある時に、飲み会で先輩から「おまえの言ってることが間違っていてもいいんだよ。しっかりと自分の考えをもって、しっかりと意見を言いなさい。」と言われたんです。
「藤江の言っていることは、上司や先輩たちからすると間違いかもしれないけど、おまえにとってはそれが正解なんだろう?だったら会議の場で発言すればいいじゃないか」と言われました。
それからは発言するようになって・・・まあ、上司から怒られたり、「言い過ぎだ!」と言われたりもしたんですけど。(笑)
全員
(笑)
藤江社長
つらいとか苦労っていうほどでもないですが、自分の振る舞い方を学生時代から変えることに戸惑った、ということですかね。
若いからこそ、持てる考え方もある
田中さん
私たちも配属されて間もないですし、自分の考えを言うことはなかなか難しいです。間違っていたらどうしようとか、まだ知見もないので、発言については躊躇してしまいます・・・。
藤江社長
でも、若いからこそ持てる考えもあると思います。それを、さらりと言っていくことがすごく大事!
とくに味の素グループでは「心理的安全性」を強化しようと思っています。心理的安全性とは、組織やチームの中で自分の考えや気持ちを、気兼ねなく、不安なく発言できる状態のことですね。
やっぱりバンバンバンバンと言い合うこと。とくに浪川さん、イギリスではみんな言い合いますよね?
浪川さん
そうですね。それに刺激を受けて、いまでは結構しゃべるようになったんですけど、最初やっぱり緊張しちゃって、なかなか意見が言えなくなってしまうところがありました。いまお話を伺って、ちょっと勇気が出ました。
藤江社長
100人いたら100人の考え方がありますからね。
田中さん
積極的に発言できるように努力していきたいと思います。ありがとうございます。
藤江流「生活者視点」の養い方
浪川さん
私は、ダイレクトマーケティング部に所属していますが、「生活者視点」というテーマが難しく、どうしても企業視点になりがちだなと思っています。藤江さんご自身が、生活者視点を養うために心がけていたことがあれば教えていただきたいです。
藤江社長
ある先輩から教わった「会社に出社する時は決まったルートだとしても、帰りはなるべくいろんなルートで帰りなさい」というのを実践していました。
会社の帰りに、普段とはちがうルートで、普段乗らない電車に乗ってみるんです。車内の中吊り広告を眺めるとか、その路線の乗客の雰囲気を観察してみるとか、そこにはいろいろな発見がありました。
別の駅を経由して電車を乗り換えてみる、または電車ではなくバスで帰る、さらに途中下車して一駅歩いてみる。そういうことをよくやっていましたね。その先輩はいいことを教えてくれたと思っています。
浪川さん
まずは生活者を知ることからやってみます。いっぱいストックを持てるように、いろいろな人・もの・広告を観察してみようと思います。
いかがでしたでしょうか。新入社員の皆さんも藤江さんの新人時代の話を聞いて、刺激を受け、前向きな気持ちになれたようですね。
次回の「中編」では、藤江さんはいつから社長になると考えていたのか、という話題を中心にお届けします。
次の記事を読む「新入社員のころから社長になりたいと思っていましたか?~教えて!藤江さん」
ストーリーでは、さまざまな質問に藤江社長が答える「Knock Knock 社長室 〜教えて!藤江さん〜」を連載しています。ぜひご覧ください。
2023年8月の情報をもとに掲載しています。