活動レポート

電気の刺激で味覚が変わる!?「おいしい減塩」を実現する味の素社の「電気調味料」とは?

味の素社が「電気調味料」を研究中!? そんな情報を入手したストーリー編集部は、さっそく「非料理系男子」のライターMさんに潜入取材を依頼しました。

「電気調味料」と聞くと、ちょっと怖そうな印象を受けますが、仕組みそのものはシンプル。微弱な電気で味覚を刺激することで塩味を強く感じられる技術なんだそう。これにより減塩に取り組まれている方も「おいしい食事」を楽しめるというWell-beingな研究なのです。

この未来とWell-beingを感じさせる研究について、味の素社 コーポレート本部 R&B企画部 アクセラレーショングループの松本 凌さん、食品事業本部 食品研究所 商品開発センター 調味料グループの船水 拓実さんに開発の背景や想いを伺いました。

松本 凌
コーポレート本部 R&B企画部
アクセラレーショングループ

プロジェクトの全体統括を担当

船水 拓実
食品事業本部 食品研究所 商品開発センター 調味料グループ

プロジェクトの研究統括を担当
※2024年6月時点

電気刺激で新たな味覚の扉が開かれる!?

こんにちは。ライターのMです。今回は、味の素社 食品研究所に初潜入です。

食品研究所では「電気」を使って味覚をコントロールする「電気調味料」の研究を進めているとのこと。

「電気を使って味覚を変える」研究といえば、スプーンやフォーク、お椀など電気カトラリーが知られています。しかし味の素社が研究しているのはなんと、ヘッドフォンみたいな形状の「ウェアラブルデバイス」!だというではありませんか。

う~む、以前紹介した「調理ロボット」に続き、未来を感じずにはいられないプロダクトです。とはいえ名称だけ聞くと、どうしても怪しげな研究をしている様子を想像してしまうのは僕だけでしょうか......。

真相に迫るべく、さっそくお話を聞いてみます。

「電気」の力を利用して、減塩している人たちの食生活をより豊かに

ーーー 現在研究されている「電気調味料」は食事中にデバイスへ電流を流すことで味を強く感じるとのことですが、具体的にどのようなものですか?

船水

デバイスを頭部に装着すると、電極をとおして下あごの前側から首の後ろに向けて微弱な電気が流れます。これにより、薄い味つけの食品でも味を強く感じるようになります。

「電気調味料デバイス」のイメージ図

ーーー おお、まさに未来感です!でも、なぜ味の素社が「電気調味料」の開発を進めているんですか?

松本

大きなテーマは、味の素社が掲げている「おいしい減塩」への貢献です。高血圧や腎臓病などの予防のため、あるいは慢性腎臓病を患っているために減塩している方は多くいますが、みんながみんなその食生活に満足しているわけではありません。「昔みたいにしっかりとした味つけの料理が食べたい」という方も少なくないでしょう。そういった方たちがより豊かな食生活をおくるためのツールとして、開発を進めています。

「眼鏡やイヤフォンをつけるような感覚で『電気調味料』デバイスが浸透してほしい」と松本さん。

松本

また、亡くなった父のことも動機のひとつになっています。重い病を患っていた父は晩年、味覚障害に悩まされていました。食事のとき、父が白米にソースをかけて食べていたことを今でもよく覚えています。理由を聞くと「こうでもしないと味がしないんだ」って。病気で苦しんでいる人はただでさえつらいのに、食事の楽しみすら失ってしまう社会って間違っている......。そのことに憤りを感じるとともに、「誰もが最期の瞬間まで食の楽しさを失わない社会を実現したい」という使命感にも駆られました。そのときの経験がプロジェクトを進めるうえでの精神的支柱になっています。

味覚のイノベーションであらゆる課題に取り組みたい

ーーー 「誰もが最期の瞬間まで食の楽しさを失わない社会を実現したい」という想いが、このプロジェクトのきっかけだったんですね。

松本

もともと私が味覚の基礎研究をしていたことが関係しています。うま味や塩味の研究をするなかで、いつか味覚のイノベーションを起こしたいという気持ちがありました。そんななかで見つけたのが、電気の刺激で味覚を変える技術だったんです。この技術を利用すれば、「減塩」にまつわる社会課題も解決に導けるのではないかと考えました。

ーーー 味覚の基礎研究をしていた松本さんが、電気調味料のプロジェクトを開始したのはどういった経緯だったのでしょうか。

松本

味の素社の新規事業創出プロジェクト「A-STARTERS」に応募し、2021年(令和3年)に採択されました。

松本

ただ、採択されたものの、ハードウェアをつくるノウハウは皆無だったので、当初はプロトタイプを一台完成させるだけでも四苦八苦していました。秋葉原の電気街で部品を調達したり、自分でハンダづけしたりして。電気工学に詳しい会社同期に頼って、一緒に何回も試作していました。

初期段階では「食器型デバイス」を検討しておりver.1は金属スプーンに乾電池を載せただけのものでした。写真はver.2.0のプロトタイプ。

ーーー 最初のものは装着型ではなく、フォークのついたタイプですか?

松本

はい、初期段階は「食器型デバイス」を検討していました。 ただ、開発を進めるうえで重大な課題を見つけてしまって......。食器型デバイスの場合は、カトラリーの金属部が、直接または食品を通して舌と繋がっているいる間しか効果が得られないんです。しかし、普通の食事では、カトラリーは口から離し、噛んで、飲み込む時まで、ずっと味を感じるものですよね。それを考えると、食器型デバイスは我々の考える理想のかたちとはいえません。

ーーー たしかにその通りですね......。

松本

その事実に気づいたときは、かなり落ちこんだのですが、共同研究している大学の先生の論文を参考にして、すぐに現在のスタイルに方向転換しました。

松本

これにより、咀嚼中や嚥下中にも効果を実感できます。

ーーー これはかなりの方向転換ですね!

松本

A-STARTERS採択後からずっと取り組んでいたコンセプト(食器型)をあきらめるのは勇気がいりました(笑)。途中から成形・加工を外部委託するようになり、現在はプロトタイプがver.5.0まで進んでいます。装着して使うスタイルになったのはver.3.0からで、船水さんがジョインしたのもそのあたりからです。

低周波治療器のような見た目のプロトタイプver.3.0。

船水

社内で松本さんの取り組みが紹介されていて、興味を引かれました。もともと関心のあった「栄養課題」の分野でも減塩は重要視されており、専門家たちも減塩生活の啓蒙に難渋しています。ところが、松本さんは思いもよらない手段で、抜本的な解決にチャレンジしている。こんなアイデアがあるのかと、思わず感動してしまいました。

「松本さんの行動力と勢いに引きこまれました(笑)」と船水さん。

見た目の「かっこよさ」を重視した装着型デバイス

松本

船水さんがジョインしてから、プロジェクトが大きく回りだしたんですよね。船水さんが食品研究所で磨いてきた商品開発力に何度助けられたか。デバイスにどのような調整を加えたら「おいしい」と感じてもらえるか、なんていう絶妙な領域はプロの知見が必要不可欠です。

船水

コンセプトを具現化することが自分の強みなので、そういった点でプロジェクトに貢献できればと思っています。アイデアに惚れ込んでいた一方で「目には見えない"電気"によって味を変えるというコンセプトが世間に理解されるまで時間がかかるだろう」という思いもありました。だからこそ、目に見えた"かたち"にすることが大切なんです。

首からかけるスタイルのプロトタイプver.4.0。

ーーー まさに、ウェアラブルデバイスですね!

船水

首にかけるスタイルは、松本さんのアイデアです。若者が首にヘッドフォンをかけている姿から着想を得たんですよね。

松本

抽象的な言い方になりますが、やっぱり見た目の「かっこよさ」は大事。どれだけ便利なツールでも見た目が野暮ったかったら、社会に浸透しないと思うんです。消費者の購買意欲がパッケージデザインに左右されるのと同じこと。だから、減塩生活をしている人が前向きになれるようなデザインを目指しています。

船水

「電気調味料」は日常的に利用するものだと思うので、ユーザーの負担にならないデザインが理想ですね。

耳掛けタイプのver.5.0。

ーーー ところで「電気調味料」というネーミングはどこから?  

松本

微弱な電気を流すことで得られる塩味増強効果は、一般的に「電気味覚」という学術名称があります。しかし、味の素社は調味料の会社でもあるので、あえて造語である「電気調味料」という名称を用いることにしています。ほかには、使用中のビジュアルに寄せて「装着型調味料」と呼ぶこともありますね。

「電気調味料」で得られる効果を世界で初めて実証

ーーー 社会実装に向けた検証も進めているそうですね。

船水

検証は、おもに2通り行っています。社内専門家による検証と、減塩を必要とする生活者の方々による検証です。社内専門家にデバイスを装着してもらい、塩分濃度0.5%の食塩水を飲んでもらったところ塩味が約1.6倍まで増強されることが示されました。さらに、電気を流している間は、食器を口から外しても、増強効果が持続することが確認されています。こうした装着型での持続的な効果を提示した報告は、世界中を見ても前例がありません。

ーーー 装着型の成果があった、ということですね。

船水

減塩に取り組まれている方々には、デバイスを装着いただき、「そうめん」「味噌汁」「ひじき煮」「ポテトチップス」「中華丼」を試食してもらう検証も実施しています。液体のものや固体のものなど、さまざまですが、いずれの食品も味を強く感じ、幅広い食品に使うことができることが分かる結果が得られました。体験後のモニターの方々へのインタビューでは「こんなに味が変わるんだ!」や「ポテトチップスがとくにおいしく感じた」などの声も挙がっていました。

ーーー なるほど、ぜひ試してみたいです!そこでちょっと気になるのは、電気の刺激ですが......

船水

刺激の感じ方には個人差があるようです。刺激の程度としては、銭湯にある電気風呂とか低周波治療器とかに近い感じ。皮膚に接する電極の素材をさらに検討すれば、違和感を軽減できる見込みです。

松本

私は食事のたびにデバイスを装着しているのですが、電気刺激にはすっかり慣れてしまいました。お湯を多めにしてつくったカップ麺を食べては、そのおいしさに感動する日々。人体への電気刺激に関する国際ガイドラインにならって安全性は確保してます。

「電気調味料」を用いた「減塩外来」の実現を目指して

ーーー 日本農芸化学会の「トピックス賞」を受賞したということですが、学会のお墨付きもいただいた、ということですね。

松本

私たちの取り組みを広く知ってもらうきっかけとして、学会に応募しました。「電気味覚」がトレンドになりつつあるし、そのなかでも装着して食品の味を変化させる「電気調味料」という概念は世界初の試み。審査員の目にとまる自信はありました。

「電気調味料」が日本農芸化学会のトピックス賞を獲得

公益社団法人 日本農芸化学会は、農芸化学やバイオサイエンス・バイオテクノロジーの研究機関、団体などで組織された学術団体です。年に一度、研究発表を目的とする全国大会を開催しており、例年約2500演題が集結。2024年(令和6年)大会では、松本さんたちが発表した「電気味覚技術を活用した塩味増強デバイス」に関する研究成果がトピックス賞を獲得しました。味の素社にとっては、じつに8年ぶりの受賞になります。

ーーー この取り組みは、大きな社会貢献を生む未来が想像できます。まさにASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)に通じる部分ですよね。

船水

そうですね、「電気調味料」は「おいしさ」と「健康」を両立する取り組みなので、味の素社のパーパス「アミノサイエンス®で人・社会・地球のWell-beingに貢献する」とも重なる部分が多い。お客さまが使いやすい「電気調味料」の形を探求するとともに、関連する食品も一緒に開発を進めていくことで、本当の意味でWell-beingに貢献できると考えています。

松本

「関連する食品」というのは「電気調味料」を装着して食べることを前提とした食品のこと。食品開発は味の素社の真骨頂なので、競合他社にはなかなかマネできない領域だと思っています。

ーーー 「電気調味料」用食品とはおもしろそうですね。

船水

ユーザー一人ひとりの「たしかに味が変わる!しかもおいしい!」という小さな感動が伝播していって、社会を変えるほどの大きな力になってくれることを願っています。

松本

「電気調味料」が「デジタル調味料」であることも見逃せません。電気の強弱は数値に置き換えて、データとして管理することが可能です。自分でチューニングした「電気調味料」のレシピを海外の人と共有する、なんて未来をよく夢想します。

ーーー お隣から醤油を借りる、ならぬ、クラウドで「味をシェアする」デジタルツイン(デジタル上に、現実世界の物などを"双子"のように再現する技術のこと)ですね!

松本

これはあくまでも構想レベルの話ですが、全国各地の医療機関と連携した「減塩外来」も可能なのではないかと思っています。たとえば、なにかしらの病を抱えている人が病院で「今日から一日の塩分摂取量を6グラム以下にしてください」と言い渡されてもすぐに実践できるものではありませんよね。私も以前、一か月間の減塩生活にチャレンジしたのですが、自力での習慣化は困難でした。その経験を踏まえると、「電気調味料」が減塩生活の適応に一役買ってくれるのではないかと期待しています。

ーーー 最後に、「電気調味料」の今後の展望を教えてください。

松本

味の素社は「2030年までに10億人の健康寿命を延伸する」を掲げています。「電気調味料」のデバイスもまた2030年をひとつの節目として、社会実装を実現させたいです。ゆくゆくは、世界から高血圧の方や腎臓病の方の食の悩みが消えてくれるといいですね。

味の素グループの長い歴史は、池田菊苗博士による「うま味」の発見から始まりました。
そんな味覚のイノベーションから100余年、池田博士の意思は若い世代へと受け継がれ「電気調味料」という新しいイノベーションが生まれようとしています。

着々と成果をつみあげ、まさにこれからが勝負どころ。「電気調味料」が誰もが知る存在になり、「デバイスを装着することがかっこいいライフスタイル」と認められ、「おいしい減塩」が当たり前になる日まで、松本さんと船水さんの挑戦は続きます。

松本 凌
コーポレート本部 R&B企画部 アクセラレーショングループ

2016年入社。イノベーション研究所、食品研究所での味覚の研究開発を経て、2021年より現在の部署にて次世代調味料、認知機能維持、冷凍弁当など食×Well-beingに関わる複数の新規事業テーマを担当。業務では、「ワクワクすること」「日々やるべきことに没頭すること」「多くの方々に助けていただき、多くの方々を助けること」を心がけている。
休日は本を読んだり、おもしろそうな商品をネットで衝動買いしたりなど知的好奇心を満たすことをしつつ、家族とゆっくり過ごしたり遊んだりしています。

船水 拓実
食品事業本部 食品研究所 商品開発センター 調味料グループ

2018年入社。 食品研究所 商品開発センター 調味料グループ にて、「ほんだし®」「やさしお®」「たんぱく質がしっかり摂れる味噌汁」など、おいしさと栄養の両立に関わる開発テーマを担当。2024年より現職にて電気調味料の研究と、商品開発の両面からおいしく健康を目指す研究開発テーマを担当。 「今の自分はたくさんの人に与えられたもの。自分の持つ能力はみんなのために使うべきである」ということを念頭に、「自分がやらねば誰がやる」という考えを持ちながら、みんなが幸せになれる仕事をしたいと思っています。
休日は、身体を鍛えたり友人とスポーツを楽しんだりしてリフレッシュ。夕食などで家族と家でゆっくりする時間を大事にしています。

2024年8月の情報をもとに掲載しています。

味の素グループは、アミノサイエンス®で人・社会・地球のWell-beingに貢献します

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