「HR(Human Resource =人事)」に関する表彰とはどういうものなのでしょうか。また、味の素社が「人事」という面で高く評価された理由も気になります。
じつは、いま多くの企業が「人事」に注目しています。「人事」にどう向き合うかが、その後の企業経営を左右するとも言われています。
キーワードは「人的資本」。
今回は、味の素グループの人事部グローバル企画グループの涌井渉さんと山本雄介さんにお話を伺いました。
人事部グローバル企画グループ
涌井 渉
おもに理系社員の異動調整や採用、理事や社内スペシャリストなどの高い専門性を認定する委員会の事務局、DE&I推進のための海外法人からの人財の受け入れなどを担当。最近では、HR-DX加速化にも注力している。
人事部グローバル企画グループ
山本 雄介
おもに味の素グループ全従業員(約3万5千人)向けのエンゲージメントサーベイ実施とその結果活用や人的資本経営(経営戦略と人事戦略の連動強化と各種人財に関わる情報の開示等)を担当。人事部の取り組みを社内外に発信する活動を加速させている。
全国の企業の人事部が注目する「HRアワード」とは?
ーーーまずは今回受賞された日本の人事部「HRアワード」とはどのような賞なのでしょうか?
涌井:「日本の人事部」は、人事関係の仕事をしている人にはつとに知られたナレッジコミュニティで、全国3,000社の会社、29万人の会員を擁する人事キーマンのネットワークです。「HRアワード」は、「日本の人事部」を厚生労働省が後援する形で、企業の人事部門に関する表彰制度として2012年(平成24年)に創設されました。
ーーー今回、その「HRアワード2023」で優秀賞を受賞されました。
涌井:はい。10年目を迎えた「HRアワード2023」において、352件の応募の中から味の素社が優秀賞に選ばれました。
人事の重要性が高まっている「人的資本」とはなにか?
ーーーアワードの内容の前にまず伺いたいのですが、人事部の仕事とはどんなものなのでしょうか。何を目標にされているのでしょう?
涌井:人事部の仕事は多岐に渡りますが、大きな目標は従業員が働きがいをもって働けるよう、より働きやすい環境や風土を構築することにあります。昨今は、従業員のみならず、投資家、一般生活者など、当社に興味を持ってくださるすべてのステークホルダーから人事に目が向けられるようになってきました。
ーーー就職活動中の人やキャリア採用希望者にとっても、人事は関心の的ですよね。
涌井:そうですね。どのような人がどのような環境で働いているのかは、会社選びの大きなポイントですからね。
ーーー最近、人事に関係するキーワードとして「人的資本」という言葉もよく聞かれるようになりました。
山本:これまで我々のようなモノづくりの会社が成長するには、工場や機械、設備などのいわゆる「有形資産」への投資が重要とされてきました。しかし現在では、人が持っているスキルや経験といったような「無形資産」への投資を重視する経営が世界的な流れとなっています。もちろん過去から人が重要という話はありましたので、研究やデータなどでその重要性が改めて認識されたというほうが正しいかもしれません。当社も「人的資本」に対する取り組みを加速しており、人に関わる仕事を担う人事部に対しては社内外から注目が高まっていることを感じます。
世界が見直し始めている「人的資本」とは
HR=人事部への注目が集まる背景には、Human Resources すなわち"人的資本"の価値の高まりがあります。企業の価値を計る物差しのひとつに"人的資本"が数えられるようになってきたのです。
株式市場でも、企業価値を見極めるために、財務情報に加え、人的資本を含む非財務情報の開示を求める動きが進んでいます。ここでは、人材の育成方針、目標、実績に加え、男女の賃金格差、女性管理職比率などのダイバーシティー(多様性)に関する指標の記載が義務とされています。さらに独自の人材戦略に基づいた企業価値向上までの戦略や考え方を示すことが奨励されているといいます。
これまで多くの企業では、形として目に見えるもの、たとえば設備や不動産、資本額など「有形資産」の開示は積極的に行われてきましたが、これに対して、人材や技術、組織のノウハウなど形として目に見えない資産「無形資産」はあまり注目されてきませんでした。
数値化することが難しい無形資産について、どのように方針をつくり、目標を立てるか、また、企業価値向上に向けた取り組みをどう描くか。多くの上場企業がその対応に迫られています。
ASV実現への取り組みが評価された「HRアワード」
ーーー「HRアワード2023」の受賞内容について教えてください。
涌井:今回、従業員一人ひとりのwell-being向上に向けた包括的な取組みということで受賞しました。包括的という言葉が示す通り、各自のキャリアを考えるきっかけ作りや働きがいの向上に向けた人事制度の刷新、男性育休取得の促進や資産リテラシー教育など、さまざまな施策の組合せで総合的に従業員のwell-beingの向上に取り組んだことが評価されたと理解しています。社外のビジネスパーソンや審査員などの投票で受賞が決まるので、客観的な視点から評価を得られたのは非常にうれしく思います。
ーーー今回の受賞、人事部のみなさんにとっては、どのような意味がありますか?
涌井:私は2021年(令和3年)7月に人事部に異動したのですが、人事部は"真面目"で"堅い"イメージしかありませんでした。しかし実際に所属して、人事の仕事は全てが従業員一人ひとりのためを思って実施されていることに気づきました。残念ながら感謝されることは少ないのですが無くてはならないものです。すべての従業員が働きやすいよう不断に環境を整えていく。人事部に所属する人たちがその重要性を改めて自覚し、自分たちの仕事に誇りを持つべきだと感じました。今回の受賞はそういった観点でも非常に意味のあるものだと思っています。
山本:「HRアワード2023」の受賞は、人事部以外の従業員への影響も大きかったと思います。当社の人事の取組みが社外から評価されたことで、従業員も"うちの人事部も意外と頑張っているんだな""他社と比較しても評価される取組みをしてるんだな"と。"うちはいい会社だ"と思えることは当社で働く従業員、我々は「人財」と呼んでいますが、「人財」のエンゲージメント向上、その先にあるASV実現に寄与するものと考えています。
ASV
ASVとは、「Ajinomoto Group Creating Shared Value」を略した言葉です。 CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)に由来しており、企業が自社の売上や利益を追求するだけでなく、自社の事業を通じて社会が抱える課題や問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的な価値も創造されることを意味します。
全世界の従業員のエンゲージメントを高める!志(パーパス)の実現のための「ASVマネジメントサイクル」
ーーー先ほど「人財」という言葉がありましたが、味の素グループの「人財」とはどういう意味を持つのでしょうか?
涌井:まず味の素グループのフィロソフィーの礎に「味の素グループWay(AGW)」があり、「新しい価値の創造」「開拓者精神」「社会への貢献」「人を大切にする」という創業以来、大切にしてきた4つの価値観で構成されています。当社は人材ではなく、意図的に「人財」という言葉を過去から使用していますが、その根底に「人を大切にする」という価値観があります。そして、当社にとっての「人財」とは、従業員一人ひとりの持っている知識・経験・スキルの集合体と考えています。
山本:当社はASVや味の素グループの志(パーパス)「アミノサイエンス®で人・社会・地球のWell-beingに貢献する」の実現に向けた「ASVマネジメントサイクル」というものをグループ全体進めていますが、サイクルを回す原動力はやはり「人財」と考えていますし、その基盤を作っていくのも人事の重要な仕事のひとつと考えています。
ASVマネジメントサイクル
ASVマネジメントサイクルとは、味の素グループの志(パーパス)「アミノサイエンス®で人・社会・地球のWell-beingに貢献する」の実現に向けた味の素グループ独自の仕組みです。
くわしくはこちらの動画をご覧ください。
エンゲージメントサーベイは味の素社の重要な資産の一つ
ーーー従業員のエンゲージメントを測定する「エンゲージメントサーベイ」もASVマネジメントサイクルに組み込まれているのですね?
山本:毎年、味の素グループの全従業員(約3万5000人)を対象に行っています。例年、回答率は90%以上と非常に高く、サーベイ自体も当社の重要な無形資産の一つと感じています。サーベイ導入から6年が経過し、各組織での結果の自律的活用も進み、組織内コミュニケーションも活性化してきました。大きな効果を生んでいると感じています。もちろん、今回の「HRアワード2023」で評価された包括的な取り組みに、サーベイの結果を活用したものも含まれています。
ーーー味の素グループのエンゲージメントサーベイの取り組みは、ASV実現を支えていると思いますか?また、業績への影響等はいかがでしょうか?
山本:ええ。ASV実現にも大きく貢献していますし、サーベイで測定している会社のパーパスに対する従業員の共感などは業績と相関があることもわかってきました。また、人財への投資のひとつの成果として「生産性(時間当たり売上や事業利益)」をモニタリングしています。これらの結果については、当社のASVレポート(統合報告書)でも開示しています。
エンゲージメントサーベイ
エンゲージメントサーベイとは、組織のエンゲージメントを評価するために行うアンケート調査のことで、従業員のモチベーションや会社に対する愛着心、会社とのつながりの強さなどを可視化するものです。 通常、エンゲージメントサーベイは匿名で行われ、従業員は設問に回答したり、自分の意見をコメントしたりします。米ギャラップ社の調査によると、2023年(令和5年)の日本の企業の平均エンゲージメントスコアは2年連続5%と、非常に低く、調査対象125か国中124位です(世界全体では過去最高の23%に達した)。
「人財情報の開示」がもたらすもの。味の素グループでは2016年(平成28年)から情報開示
ーーー企業の情報開示の話になったので聞かせてください。人財に関わる情報開示の要求は年々高まっており、グローバルで人財情報の開示義務化の動きが進んでいると思います。日本でも2023年(令和5年)3月期からは、有価証券報告書に人的資本に関する情報開示が求められるようになりました。味の素社では「無形資産」への重点的投資を行い、人財資産においても積極的な情報開示を行っていますね。
山本:そうですね。有価証券報告書での企業情報の開示義務化がスタートしましたが、実は当社は人的資本に関する情報開示を2016年(平成28年)の「統合報告書(ASVレポート)」からスタートしています。2017年(平成29年)から始めたエンゲージメントサーベイの結果開示が大きな節目となり、2018年(平成30年)に本格化しました。2018年以降も人財に関わる情報を積極的に開示し、現在に至っています。
涌井:有価証券報告書を初めとする人的資本に関わる情報の開示義務化にはいろいろな意見があると思いますが、我々はポジティブにとらえています。他社の取り組みを知る機会が増えることで、私たちが参考にできる事例や自社の課題が見えてくることもあるでしょう。時には他社が我々を参考にし、さらに成長する。人事部門も他社と切磋琢磨しながら人財の強化に取り組む時代になりました。
HRブランディングとは
ーーーHRアワード受賞を機に、味の素社の人事の取組みを知ることができました。今後、お二人がやっていきたいことはありますか?
涌井:人事部の取り組みや人財戦略について、社内外を問わず発信していく必要性が今後も高まっていくと感じます。人事の業務はブラックボックスで見えないという印象が強いですが、あらゆるステークホルダーに見えるような仕組みを意識して作り、当社の人事を社内外の多くの方々に知ってもらいたいと思っています。私たちはこの活動を「HRブランディング」と呼んでいます。
山本:「HRブランディング」の活動はまだまだこれからですが、私が知る範囲においてこれまで人事というものがここまで脚光を浴びることはなかったのではないかなと思います。この大きな波に乗って"味の素社の人事ってスゴイ・おもしろい・参考にしたい"と社内外から近い将来に言われるようになりたいと思っています。
味の素グループの志(パーパス)を実現するためには、人材ではなく「人財」が必要です。
従業員の働きがいを大切に育みながら人財資産を不断に高めていく。そのために何が必要なのか。どんな施策が求められるのか。味の素グループの"HRブランディング"、そして、一人ひとりの従業員の活躍にご期待ください。
関連リンク
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味の素株式会社:従業員のWell-beingに寄り添い、志の実現へ味の素が取り組む「人を大切にする」包括的支援
涌井渉
人事部グローバル企画グループ
グループDE&I・R&D人事・DX担当シニアマネージャー
2003年入社。R&D人財として医薬品、香粧品の研究開発、生産や技術営業を担当。研究所の組織マネジメント変革特命担当の立場で組織風土変革推進に携わった後、人事部に異動し、現在に至る。モットーは手を抜かず全力で取り組むこと。
プライベートではビジネススクール(MBA)でのティーチングアシスタントや小学生のサッカーコーチをしています。
山本雄介
人事部グローバル企画グループ
人的資本・エンゲージメントサーベイ担当マネージャー
総合電機メーカー2社で商品企画や経営・事業企画等を経験した後、2016年に味の素に入社。海外食品事業のM&A、ブラジル味の素社で経営企画業務を担当。2021年からは人事部に異動し、現在に至る。モットーは常に中長期視点で考えて、行動すること。
プライベートでは色々な本を読んだり、キャンプに行ったり、のんびり過ごしています。
2024年3月の情報をもとに掲載しています。
HRアワードの受賞式の様子と担当者のコメントはこちらからご覧いただけます。