児童が、地域の産業施設や公共施設、史跡などを訪問し、知識や理解を深めることを目的として、多くの小学校・中学校では、社会科の授業の一環として「社会科見学」を実施しています。
味の素社の川崎工場(神奈川県川崎市)では、2022年(令和4年)9月から、3年ぶりとなる「社会科見学」を再開します。再開といっても、これまでと同じ内容ではなく、大幅に内容を一新。「サプライチェーン」をテーマに、学習効果の高いものを目指し、新たな試みも盛り込んでプログラムを構成しているとのこと。
その川崎工場の「社会科見学」リニューアルについて、全体統括を担当したグローバルコミュニケーション部の鈴木貢介さんにお話をうかがいました。
川崎工場の社会科見学とは
味の素株式会社の川崎工場(神奈川県川崎市)は、「味の素®」や「ほんだし®」「Cook Do®」といった主力製品の製造工場から物流センターまでを備えている味の素グループにとって重要な拠点です。
川崎工場では、一般の個人を対象にした「工場見学」を行っています。この「工場見学」はリピーターも多く、幅広い年齢層の方々に人気となっています。
川崎工場はこれまで学校単位で受け入れる「社会科見学」を実施していました。工場のある神奈川県や、東京都、千葉県などの小学校(年間約2万人)が課外授業として参加いだきましたが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、2020年(令和2年)3月から休止していました。
そして、2022年(令和4年)9月、3年ぶりに川崎工場の社会科見学が再開されることになりました。
学習指導要領に着目した社会科見学
3年ぶりに再開される社会科見学は、これまでの内容を受け継いだものではなく、新しいコンセプトのもと、内容を大幅に刷新したものとして実施されます。
新しい社会科見学に向けて3つのコンセプトを掲げています。
- 1. 学習指導要領に基づいたコンテンツ
- 2. 社会科見学を自分ごと化させる仕組み
- 3. +α(プラスアルファ)の"気づき"を得る
「社会科見学」のプロジェクトリーダーとなった鈴木さんは、味の素デジタルビジネスパートナー株式会社(以下、ADP社)とともにプロジェクトを推進、新たな試みに挑戦しています。
鈴木:これまでの川崎工場の社会科見学は、「ほんだし®」コースに小学生最大150人規模、30~40人ごとに分かれて見学していました。内容も通常の個人向けの見学とほぼ同じだったんです。
再開にあたり、すべてオリジナルのプログラムで構成されたそうです。その変化には大きな理由がありました。
鈴木:現在、一般の工場見学を再開していますが、新型コロナウイルス感染症対策を徹底するという観点で、従来よりも大幅に受け入れ人数を絞っています。そのなかで、社会科見学は学年単位、100人近い児童を一度に受け入れる必要があります。衛生強化対策について徹底することはもちろん、上限人数を設けた形での再開にならざるを得ない。これが大きな変化が必要となった要因です。
鈴木さんとADP社のスタッフは、再開にあたって社会科見学の内容そのものをゼロベースで議論したそうです。どうせ見直すのであれば、子どもたちの学習効果が期待でき、授業としても魅力的で成果があげられるものにし、小学校から求められるものにしたいと考えました。これが1つめのコンセプトである"学習指導要領に基づいたコンテンツ"を考えるきっかけとなりました。
鈴木:小学校の「学習指導要領」に記載されている内容をしっかり把握して、我々が発信できる情報は何かを考えました。そこで私たちが着目したのが、社会科で学ぶ、産業の流れである「サプライチェーン」でした。
「学習指導要領」とは、文部科学省が告示する初等教育および中等教育における教育課程の基準です。つまり、学校の授業を通じて児童たちが学ぶ内容のことです。従来の社会科見学では、味の素社の商品の製造工程の理解や体験はできますが、それは直接的に授業の内容とはあまり関係がありません。
鈴木さんたちは、味の素社の川崎工場で学べるものとして「サプライチェーン」に着目しました。学習指導要領にあわせ、社会全体の仕組みについて学べることで、より学習に重きを置いたプログラムを準備し、小学校が参加したくなるような内容に設計しました。
鈴木:学校が求めているものは何かと考えてみると、それは「学び」そのものだと思うのです。ほんものに触れて、五感で感じて、そこで気づきが生まれ、学んで、実践する。そういった活動こそが、小学生にとって「世の中を生き抜く力」を身につけることにつながっていくのだと思います。
小学生が「サプライチェーン」を学ぶ意義とは
川崎工場の新しい社会科見学は、1つめのコンセプトとして掲げた"学習指導要領に基づいたコンテンツ"として、小学5年生を対象に「サプライチェーン」を学ぶことを主目的としています。
サプライチェーンは、以下のような一連の流れになっています。品質管理はもちろん、食と安全・安心を重視した管理体制が整っており、商品が消費者の手元に届くまでの流れのことをさします
製造工場から物流センターまでを有する川崎工場では、この流れの全体を理解し、実際の現場を見学できるということに大きな強みがあると鈴木さんはいいます。
鈴木:川崎工場には「ほんだし®」「Cook Do®」「クノール®」「クノール®スープDELI®」「味の素®」などの商品を製造する工場があります。あの敷地内に複数の商品を製造する、包装する、出荷する現場がそろっていることは、サプライチェーンを学ぶうえで非常にわかりやすく、大きなメリットだと考えました。「味の素®」の包装工場の隣に大きなトラックが並ぶ物流センターがあります。移動にはアジパンダ®バスもあり、限られた時間のなかでは、学びの効率が良いといえますね。
とはいえ、サプライチェーンという言葉や意味は、ビジネスパーソンであってもなかなかうまく説明できるものとはいえないのではないでしょうか。小学5年生にとってはさらにハードルが高いと感じられますが、鈴木さんは、いまの世の中で起こっているあらゆることに興味を持つうえでもサプライチェーンを学ぶことに意義があると考えています。
鈴木:近年、半導体不足、ガソリンや食品・食材の値上げのニュースが話題になっています。また世界で紛争が起こると物が入って来ない、こういった話題はまさにサプライチェーンと直結しています。この流れが、一カ所でも止まってしまうと、消費者の手元には商品は届きませんので、この大変重要な流れを知るということです。一般的な工場見学では、ひとつの商品がこのようにつくられて製品になるんだよ、という内容に限定されると思うのですが、私たちは、それも含めてサプライチェーン全体の流れを学ぶことができるようになると考えています。
取材を通じて「自分ごと化」を高める
さらに、鈴木さんたちは、子どもたちがサプライチェーンを学ぶための工夫として、コンセプトの2つめに掲げた"社会科見学を自分ごと化させる仕組み"を考えました。
鈴木:サプライチェーンとはこういうものだよ、と説明するだけでは、学びにならないです。そこで、「新聞記者となって取材する」ことで自分ごと化を促せないかと考えました。自分の目で見て、自分が誰かに発信する情報をまとめ、メモして、表現して、自分のノウハウとして学ぶ。記者になりきるというのは、ある意味「ごっこ感」という演出でもありますけど、ちょっとおもしろがりながら、学べるような機会を提供できるといいなと思っています。
鈴木さんはADPのスタッフとともに、"社会科見学を自分ごと化させる仕組み"として、児童たちが記者になって取材するという演出で、より積極的に学べるような機会を提供したいと考えています。
鈴木:いくつかの学校では、社会科見学に行ったあとにクラスで新聞をつくるそうです。個人のワークとして作成するところもある。そういった話を聞いて、ぜひやってみようと。川崎工場で学んだことのアウトプットのひとつとして、後日、学校で新聞をつくるという機会を提供したいと思います。
小学生の国語の教科書では「新聞づくり」を扱っているものも多いとききます。社会科見学を取材の機会とし、その取材をもとに新聞をつくる。そこまで組み込み、学習効果を高められる工夫を盛り込んでいます。さらに、新聞づくりを「料理」に見立て、取材で得た情報である「素材」をもとに、いかにおいしい「料理」に仕上げることができるか、という伝え方をします。「料理」に見立てるという味の素社ならではの語り口で、取材の仕方や情報のまとめ方、発信の手法についてもしっかりとレクチャーする内容となっています。
鈴木:素材をどう調理し、おいしく食べてもらえるか。こういった切り口は子どもたちにとってなじみやすくわかりやすいのではないでしょうか。小学5年生に対して、情報を自分で理解して行動に移すということを促し、しっかりとした学びをつくりたいです。「新聞づくり」と「料理」の共通項を伝えながら、ただ楽しかっただけでなく、「学び」そのものが楽しい、好奇心が高まるというきっかけを与えることができればと思います。
また、この取材をより充実させ、より高い学習効果をもたらすために、取材の計画をたてる事前学習と、見学後の振り返りや新聞づくりのための事後学習ができるウェブサイトも用意しています。
サプライチェーンとサステナビリティ
3つめのテーマとして掲げている"+α(プラスアルファ)の"気づき"を得る"というのは、サプライチェーンを学びながら、サステナビリティ(持続可能性)の取り組みを伝え、子どもたちに今後の食の未来を考えるきっかけを与えるというものです。
鈴木:味の素Gうま味体験館には「味の素®」の製造工程をわかりやすく伝えるジオラマがあります。そのジオラマを活用して、まずはサプライチェーンを学びます。
鈴木:そして、+αとして「味の素®」は環境に配慮して作られている「バイオサイクル」についての取り組みを伝えます。それは、原料であるサトウキビを発酵させ、「味の素®」を取り出したあとの栄養豊富な副生物を肥料として活用し、再びサトウキビを育てる製造方法のことですが、サステナビリティへの取り組みは子どもたちが興味を持つ話題だと思います。
鈴木:さらにわかりやすいところでは、プラスチックゼロ化に向けた取り組みですね。2022年春に製品改良して、「味の素®」の包装をプラスチックから紙パッケージにしたという点。これは実際に手にとっていただける部分ですから、非常にわかりやすいと思います。
鈴木:サプライチェーンという切り口で学ぶことは、企業だけではなく社会全体の仕組みを知ることができるので重要です。自分たちのくらしもサプライチェーンの"使用"に大きく関わっていることの気づきになります。そのなかでサステナビリティについても関心を持ってもらい、未来を担う小学生が、自分たちで考え、行動することが食の未来につながっていることを気づくきっかけにしたい。身近なところでフードロスをなくそうとか、リサイクルや環境保全などへの興味関心を高めるといったことも新聞づくりに活かしてもらいたいですね。素材としての話題をちりばめていきたいと思います。
「子ども扱いしない」でも飽きさせない演出とは
取材ノートを活用し、学びのきっかけを与え、学習効果を高めるという充実した内容の120分の「社会科見学」ですが、児童たちの集中力が切れてしまったり、飽きてしまうのではないかと心配されます。しかし、その点についても鈴木さんはADP社とともに検討を重ねています。
鈴木:見学コースの移動転換はテンポよく、ひとつひとつのイベントも短いので飽きることなく、結構忙しいと思います(笑)。どんどん移動していくので集中が切れるということはないでしょう。まず「味の素グループうま味体験館」に来場いただいて最初にシアターで映像を見るのが5分程度、その後、ジオラマを使用したバイオサイクルの話も7~8分。それからアジパンダ®バスに乗って工場に行く、という流れです。バスから見える構内の風景も日常とはちがいますから楽しめると思います。
鈴木:班単位(1クラスをふたつに分ける)で行動するときに、クルーと呼ばれる説明スタッフが1名つきます。今回は記者になっていただくので、一般の個人向けの工場見学コースで行うようなアトラクション的な演出は行いません。もし、体験したいと思ったら、後日、ご家族と一緒に工場見学コースも楽しんでいただけたらと思っています。
社会科見学には工場見学コースにはないアトラクションとして、工場内の製造ラインを見学するときに、その現場で実際に働いている社員からのメッセージが動画で流れます。
鈴木:よりリアルな声を届けたいです。サプライチェーンのなかで、実際にどういう人が働いていて、どういうことに気をつけて作業しているか、そういったリアルな声をその現場で体感していただくための演出です。もしかしたら、いま映像でしゃべっている人が、ガラスの向こう側で作業している、という場面もあるかもしれませんね。
見学の最後にはおみやげを用意しているとのこと。自宅に帰ってご家族と一緒に味の素社の商品を楽しんでいただけるようにバラエティ豊かな内容を用意しています。
徹底した衛生強化対策
一度に1学年100人近い以上の児童を受け入れ、1クラス単位でコースを回るという社会科見学ですが、やはり、気になるのは、感染症対策や衛生対策です。
鈴木:「想像以上にていねいにやっている」とお客様からお声をいただくことが多いです。事前に川崎工場の総務部門と産業医、事業部、生産部門、そして我々とで感染症対策アセスメントをしています。
ここでいう感染症対策アセスメントとは、厚生労働省文部科学省など行政の指針、そして産業医の見解を参考にしながら、チーム全体で換気量やソーシャルディスタンス、消毒対策について評価を行っていることを意味します。鈴木さんたちはより厳しい数値を目標として、より客観的な評価を行っています。
鈴木:たとえばCO2濃度については文部科学省の指針は1,500ppm以下ですが、私たちは厚生労働省の基準である1,000ppm以下を目標数値としました。私たちは文部科学省の基準よりも厳しい基準内でCO2濃度が保たれていることを確認し、受け入れ人数の上限を設定しています。オペレーション上では、マスク着用、児童全員に検温、換気、消毒、スタッフへの教育も徹底しています。
さらに衛生対策として、見学の動線を工場で働く人の動線と区別しています。社員と見学者が接触することはないそうです。また、実際の製造ラインもガラス越しでの見学となるため、児童も特殊な服などを着用する必要もありません。
鈴木:児童たちの見学が終わったら、その場所ごとに、サービススタッフが消毒・清掃をしています。バスでは、児童たちが降りたあとにドライバーが消毒を行います。
川崎工場の社会科見学がもたらすもの
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けたこの2、3年の間、学校の現場でも、学校行事の中止や延期が相次ぎ、社会科見学そのものが中止となっているところが多いそうです。また、学校側で準備が出来ても受け入れ先がないという状況もあったといいます。
鈴木:直接人とも会わない、コミュ二ケーションも減るという状態で、体験型の学びの機会が減っていると思います。今回、社会科見学を再開することで世の中に対してポジティブに変わりつつあるという発信ができたらと思います。実は、今回の再開はそこに主目的があるといっても過言でないです。
また、味の素グループの「社会価値」と「経済価値」を「共創する」取り組みであるASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)において、この社会科見学がもたらす価値を、鈴木さんは次のように考えています。
鈴木:ASVは、社会課題を解決することで「社会価値」を生み、それが最終的に「経済価値」につながり、さらにそれを循環させる取り組みだと思っています。児童に食に興味を持ってもらう、そして未来を生き抜く力を身に付けてもらう、それが社会科見学の「社会価値」だと思います。その体験をもとに未来の味の素グループのファンになってもらうこと。これがASVにとって重要なポイントです。
さらに、鈴木さんは味の素グループが目標としている「食と健康の課題解決企業」についても、社会科見学が大きく貢献するだろうと考えています。
鈴木:今回の大きな話題は「サプライチェーン」です。原料からはじまり、製造から出荷、店頭から食卓まで届くという学びから、食に対する大切さや意識の変化にもつながるだろうと思います。自分たちが食べる食品が、どのような過程を通じて手元に届くのかを学び、食の未来を考えるきっかけとなることを願っています
原料は自然の恵みから生まれます。それは持続可能な地球環境への貢献へとつながり、フードロス、環境保全、循環型社会といった、近い将来に子どもたちが取り組む未来の課題へ興味を持ってもらうきっかけになると鈴木さんは考えています。
鈴木:最終的には、企業が「つくる責任」を提示し、児童が「つかう責任」を考えるというところまで持っていきたいと思います。そういった意味でも内容が濃いですし、記者として取材する児童が学校に戻って、仮に新聞を作るのであればバラエティに富んだ紙面ができあがると思います。子どもたちの吸収力に期待し、彼ら自身の成長をうながすきっかけになると信じています。
川崎工場の新しい社会科見学は、工場の製造工程の見学をメインとしたものではなく「サプライチェーン」を学ぶことをきっかけとして、児童たち自身が自分ごと化できる仕掛けを通じ、ちりばめられた情報素材を集めながら、社会全般について興味を持ってもらい、学習効果を高めていくという可能性が感じられるプログラムとして設計されています。
あらゆることが学びにつながる、新しいかたちの社会科見学。記者となった児童が、どんな取材をして、どんな新聞をつくってくれるのか、とても楽しみですね。
味の素社では、学校関係者のみなさまに向けて、川崎工場の社会科見学の申込みフォームを設置しています。くわしくは下記にてご案内しています。
鈴木 貢介氏
グローバルコミュニケーション部
企画管理グループ
シニアマネージャー
2004年入社。家庭用商品の営業、スタッフ業務や労働組合専従を経験し、2021年より現職。
ダイレクトコミュニケーション活動を通じた味の素グループファンの増加を目指しています。趣味はコロナ禍であまりできていませんがフットサルや体を動かすこと、そしておいしいものを探して食べ歩くこと。
関連リンク
2022年8月の情報をもとに掲載しています。
サプライチェーンとは
サプライチェーンとは、商品や製品が消費者のもとに届くまでの「原材料調達」「生産・製造」「在庫管理」「物流」「販売」「使用(消費)」といった一連の流れのことをといいます。この一連の流れのなかで繰り返される、受発注や入出荷といった取引のサイクルがチェーン(鎖)に見立てられるため、サプライチェーンと呼ばれています。