そこで注目されているのが「再生農業」です。あまりなじみのない言葉だと思いますが、土壌や生態系を整えながら安定した生産をめざす農業です。
味の素グループは再生農業にも力を入れています。
味の素グループがなぜ農業を?と思われるかもしれません。味の素グループと再生農業の関係を深掘りしてみました。
農業のスペシャリストが味の素社で再生農業に取り組む
「ストーリー」編集部がインタビューを行ったのは、味の素社サステナビリティ推進部環境グループの澤健介さんです。
澤さんは、多様なキャリアを経験したのちに味の素社に入社した、「農業のエキスパート」。味の素社の中ではかなりユニークな経歴の持ち主のようです。

澤 健介
味の素株式会社
サステナビリティ推進部 環境グループ
ーーーはじめに澤さんはどうして農業をお仕事に?
澤さん
子どもの頃から自然や植物に興味がありました。大学は農学部に進学し、アフリカの稲の収量性向上に関する研究の道へ。卒業後は種苗メーカーに就職し、品種改良や種子生産の仕事をしていました。
ーーー種苗メーカーからスタートして次はどんなお仕事に?
澤さん
2020年頃からスマート農業への関心が高まり、自動車メーカーで新規事業開発の仕事をしていました。デジタル技術による農業変革の可能性に惹かれていました。

ーーースマート農業というのは、AIやロボット、IoTなどの先端技術を活用した農業ですね?
澤さん
はい。そこから農林水産省に出向し、産学官連携の支援業務に従事しました。
霞が関では食料安全保障の重要性を痛感しました。安定的な食料生産の行き着くところってどこだろうと。その課題に、残りの人生を賭けて取り組みたいと思いました。
ーーー行政にも詳しいと。そんな農業スペシャリストがなぜ味の素社に?
澤さん
品種改良やスマート農業などのイノベーションが、なかなか市場につながらないという課題を感じていました。生産者、いわゆる"川上"のプロダクトアウトだけでなく、"川下"からの働きかけも必要だと。市場に近い食品メーカーがもっとも有効だと思い、味の素社の門を叩きました。
ーーー数ある食品メーカーの中で味の素社を選んだのはなぜですか?
澤さん
アミノサイエンス®*1と再生農業の親和性が高いと感じたからです。
ーーーアミノサイエンス®とですか?ではさっそく、再生農業についてうかがっていきます。
*1アミノサイエンス®:アミノサイエンス®とは、アミノ酸のはたらきに徹底的にこだわった研究プロセスや実装化プロセスから得られる多様な素材・機能・技術・サービスの総称です。また、それらを社会課題の解決やWell-beingの貢献につなげる、味の素グループ独自の科学的アプローチのことを指します。
再生農業とは?
再生農業(リジェネラティブ農業:Regenerative Agriculture)とは、近年、世界的に注目されている農業のアプローチ。地球温暖化や環境破壊に見舞われる地球の未来にとって、非常に重要な概念です。日本語では「環境再生型農業」とも言います。
ーーー再生農業について教えてください。そもそも何を再生するのですか?
澤さん
はい。まず農業は気候変動の影響を受けるだけでなく、環境負荷にも関係していることをご存知ですか?
ーーー「農業」と聞くと、どちらかというと環境にフレンドリーなイメージが。
澤さん
農業分野は世界の温室効果ガス(GHG)排出量のおよそ2割を占めると言われています。
ーーーそうなんですか?意外です!
澤さん
そんななか注目されてきたのが再生農業です。土壌や生態系を積極的に回復・再生させていく農業です。
ーーー生態系を回復・再生とはどういうことですか?
澤さん
人にたとえるなら「病気にならないよう予防するだけでなく、より健康で元気な体づくりをしていく」というイメージです。「土壌の健康を回復させ、生物多様性を豊かにしていく。その結果として、温暖化などの気候変動の緩和にも貢献する」、そんな農業をめざしています。
再生農業の方法は?
ーーー具体的にどんなことをするのですか?
澤さん
たとえば次のような取り組みがあげられます。「土壌耕起の最小化」「被覆作物の活用」「多様な作物の栽培」「有機物の投入」などです。再生農業は農法を定めるアプローチではないので、地域や環境、作物によって取り組み方はさまざまです。
ーーーいろいろなアプローチを組み合わせるのですね。昔ながらの農法に近い印象も受けますが。
澤さん
そうですね。土壌耕起の最小化や被覆作物、多様な作物の栽培などは昔からある農法です。再生農業はこれらを地域や作物の条件に合わせて組み合わせ、土壌と生態系を改善しながら作物を栽培するアプローチです。
WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)における再生農業のビジョン

※出展元:A Global Framework for Regenerative Agriculture | WBCSD公式サイトに掲載内容を味の素社にて日本語に翻訳しています
※WBCSDとは、World Business Council for Sustainable Development(持続可能な開発のための世界経済人会議)の略です
ーーーよく聞く有機農業とは違うのでしょうか?
澤さん
一般的に有機農業は「環境への負の影響を最小化する」ことをめざしているのに対し、再生農業は「土壌や生態系全体を意識的に復元・改善すること」を目的としています。
ーーーなるほど、それで「環境再生型農業」とも呼ばれるんですね。
澤さん
また、有機農業には厳格な認証制度があり、農薬や化学肥料の使用に明確な基準が定められています。一方、再生農業には法的な定義や統一基準はなく、原則に基づくアプローチです。土壌の健康を回復させ、生物多様性を豊かにしていくアプローチなので、地域の事情に合わせて柔軟に実践していくことができるのです。
被覆作物(カバークロップ)の役割とは?
被覆作物(cover crop・カバークロップ)とは、作物の間や休耕地に植える植物のことです。再生農業の農法として、大きな役割を持つカバークロップの役割はおもに次の3つです。
1.土壌の改善
カバークロップの根が土壌の粒子を結びつけることで、土壌の保水力が高まります。土壌が「呼吸する」ようになり、土壌の水と空気の流通が回復します。
2.土壌の窒素管理
とくにマメ科のカバークロップ(クローバー、ベッチなど)は、大気中の窒素を土壌に取り込み、植物の成長に不可欠なアンモニアに変換することができます。この能力を利用して、化学肥料の投入量を削減しながら土壌窒素を増やすことができます。
3.土壌流亡の防止
降雨時に雨の流水速度を抑えることで、降雨による土壌の浸食を軽減します。
このようにカバークロップは再生農業における土壌再生のコア機能と言えます。土壌の物理・化学・生物的な総合的改善により、農地をより生産的かつレジリエントに変革するのです。

作物の間に植えられた被覆作物(カバークロップ)
気候変動の緩和と適応に貢献する再生農業
ーーー再生農業は今、世界的に注目されていると聞きました。
澤さん
はい。地球環境が限界を超えつつあることが、その根本的な理由です。
ーーー再生農業が地球環境を救う?
澤さん
再生農業のアプローチが地球環境や生産者に貢献できることはおもに5つあります。
再生農業による地球環境への貢献
1.気候変動への対応
農業、林業など土壌を利用する産業からの温室効果ガス(GHG)は、世界全体の排出量の約2割を占めます。一方で、土壌には大気中のCO₂を炭素として貯留する能力があります。再生農業の実践で、土壌に炭素を蓄え、気候変動の緩和に貢献できます。
2.土壌劣化の食い止め
世界の農地の約3分の1が劣化していると言われ、このままでは将来の食料生産が危ぶまれます。再生農業で土壌の健康を回復させ、長期的な生産性を確保します。
3.生物多様性の回復
長年に渡る単一作物の栽培や化学物質の過剰使用により、生態系の健全性が影響を受けてきました。再生農業で生物多様性を回復させ、自然の力を活かした農業を実現します。
4.水資源の保全
健全な土壌は保水力が高く、干ばつへの耐性も高まります。気候変動による水ストレスに対する農業の適応力が強化されます。
5.農家の経済性の向上
地球環境の急速な変化により、農業が困難になる地域が年々増えています。再生農業は環境保全と経済的持続性を同時に実現することに貢献します。
ーーー5つとも農業の持続可能性に必要なことですね。
澤さん
ええ。そのため再生農業の市場は今後、加速度的に拡大していくと予想されています。農業分野では、従来の生産システムから持続可能なアグリフードシステムへと大きく構造転換が進んでいます。

ーーー農業界に劇的な変化が起きている?
澤さん
生活者の視点からは、あまり実感できないかもしれませんね。たとえば、各国の政府は、公的資金を活用して、市場だけでは難しい変革を進めています。政府の資金配分によって農家の転換を後押しし、サプライチェーン全体を持続可能な形に作り直そうとしています。
ーーー澤さんは農業を"川下"から変えたくて味の素社に入社されたということですが、市場の変化をどう見ていますか?
澤さん
世界的には、グローバルな食品企業が再生農業で生産された原料の調達目標を設定する流れがあります。農家から消費者に至るまでのバリューチェーンが持続可能性を中心に再構成されつつあるといえます。
ーーー世界の農業界は大きく動いている?
澤さん
はい、動き始めています。では次に味の素グループの取り組みをお話しします。
味の素グループの持続可能な農業に向けた取り組みが生み出すもの
ーーー味の素社といえば、一般的に食品メーカーというイメージがあると思います。再生農業とどうつながるのですか?
澤さん
うま味調味料「味の素®」は、サトウキビやキャッサバ、トウモロコシなどの農作物を原料にしています。キャッサバはタピオカの原料でもある芋の一種です。

澤さん
このうまみ調味料「味の素®」の原料の1つであるキャッサバの主要な産地で、近年いくつかの深刻な課題に直面しています。
ーーーどのような問題でしょうか?
澤さん
1つめの問題はキャッサバモザイク病の蔓延です。これで収穫量が大幅に減少してしまいます。
ーーー葉などが黄色いモザイク(まだら模様)になってしまう病気ですね。
澤さん
そうです。2つめに、長年に渡る連作で土壌の劣化が進んでいること。そして3つめに、気候変動による高温や異常気象の増加です。
ーーーそれで、味の素グループがキャッサバを栽培する農家を支援するのですね?
澤さん
味の素グループは、うま味調味料「味の素®」の原料として、キャッサバからできるタピオカスターチ(でん粉)を工場から仕入れているので、ビジネスの直接的な相手はその工場です。しかし、農家さんが農業を持続できなければ、栽培面積は減りますし、その結果、我々も原料調達が不安定になってしまいます。
そこで、ベトナム味の素社では安定した原料調達と環境負荷の低減、農家の経済性向上を実現するために、2023年(令和5年)から「Sustainable Cassava Project」を始めました。
ーーーどんなプロジェクトですか?
澤さん
具体的な取り組みをご紹介します。
「Sustainable Cassava Project」の取り組み
1.病気に強い新品種の導入
ベトナムの農業研究所で開発された新品種を導入しました。この品種はモザイク病に対する強い耐性があり、収穫量も非常に高いのが特徴です。
2.アミノ酸副生物を利用した肥料の使用
従来使用していた化学肥料に代わり、ベトナム味の素社が提供するアミノ酸の副生物肥料を使用しています。植物が必要とする栄養を供給しながら、土壌特性や生産性などを向上することができます。副生物についてはこちらの記事でくわしくご紹介しています。
3.栽培技術の指導
土壌の耕起、施肥、潅水管理など、最適化した栽培技術を農家に指導することで、生産性を向上させる取り組みを行っています。
4.デジタル技術の活用
農家との関係性を深めていくために、農家と直接つながるスマートフォンアプリを開発しました。農家からの病気に関する質問にすばやく対応したり、キャッサバの栽培に関する新技術を提供したり、さまざまな機能があります。これにより、農家は専門家のアドバイスを受けやすくなります。

「Sustainable Cassava Project」のフィールドセミナーの様子
ーーーさまざまな技術が駆使されていますね。成果はいかがですか?
澤さん
2023年度(令和5年度)に、栽培面積5ヘクタールでテストして生産性が2倍に向上する効果が確認されました。2024年度(令和6年度)は500ヘクタールに拡大して評価したところ、同様の効果を確認しています。
ーーー大きな成果が出ていますね!今後の予定は?
澤さん
プロジェクトのさらなるスケールアップをめざし、より多くの農家への技術普及、農業研究所やタピオカスターチ(でん粉)工場などとの連携強化が計画されています。

育成の違いがわかる、ベトナムの農園でのキャッサバ
中央より左側:Sustainable Cassava Projectで進めている農法・品種のキャッサバ
中央より右側:通常の農法・品種のキャッサバ
「Sustainable Cassava Project」のキャッサバの収穫の様子
まだある!味の素グループの持続可能な農畜産業への取り組み
味の素グループは、ベトナムのSustainable Cassava Projectのほかにも、持続可能な農畜産業への貢献に取り組んでいます。おもな4つをご紹介します。
味の素AGF社、ブラジル連邦共和国/コーヒーにおける再生型農業実証事業
2025年度(令和7年度)から、味の素AGF株式会社がコーヒー農園における再生農業の小規模実証を開始しました。再生農業技術、森林再生、低炭素肥料や被覆作物の活用を通じて、土壌・水資源の保全および環境負荷低減の効果を検証しています。これらの知見を生かし、コーヒーにおけるサプライチェーンの強靭化を推進してまいります。

ブラジルのコーヒー農園の様子
タイのキャッサバ農家を支援「Thai Farmer Better Life Partner」プロジェクト
キャッサバのおもな産地タイでも、モザイク病の蔓延などベトナムと同様の問題が深刻化しています。タイ味の素社では2020年度(令和2年度)より、アミノ酸製造の過程でできる栄養豊富な副生物(Co-Products・コプロ)の販売を手がける味の素FDグリーン社とともに「Thai Farmer Better Life Partner」プロジェクトを展開しています。キャッサバのサプライチェーンに着目し、農業生産性の向上や自立化支援を目指しています。
持続可能な農業の強い味方「バイオスティミュラント」の製品開発
バイオスティミュラントとは「植物や土壌により良い生理状態をもたらすさまざまな原料や有効成分を配合した農業資材」のこと。味の素グループは長年のアミノ酸の研究と発酵技術をもとに、アミノサイエンス®を核としたすぐれたバイオスティミュラントの製品開発を進めています。
酪農家・畜産農家の温室効果ガス削減と経済価値創出に貢献する新しいビジネスモデルの構築
味の素社は、必須アミノ酸であるリジンを効果的に牛の体内に届けることができる牛用アミノ酸リジン製剤「AjiPro®-L」を開発しています。「AjiPro®-L」を使用することで、飼料生産や糞尿由来などに起因する温室効果ガス排出量の削減に加え、農家の生産コスト低減に貢献します。また、J-クレジット制度を活用したさらなる経済価値の創出につながる新しいビジネスモデルを構築しています。
ーーーいろいろな取り組みが世界で進行中なんですね。
澤さん
みなさんが味の素グループの商品を手に取られるとき、それは単にご自身がおいしいものを食べる、栄養を摂るといった個人的な意味に留まりません。持続可能な農畜産業を支える、地球環境の保全に参画するという深い価値を共有することにつながると考えています。
ーーー消費を通して、持続可能な取り組みに参加していることになるんですね!
2030年に向けて味の素グループの志(パーパス)と持続可能な農業
ーーー今後の展望や澤さんのプロジェクトにかける思いを聞かせてください。
澤さん
味の素グループは、2030年までに「環境負荷を50%削減」「10億人の健康寿命を延伸」というアグリフードシステムでつながる2つのアウトカムを目標として掲げています。2つとも安定した食資源と、それを支える豊かな地球環境があって成り立つことですから、これらを守る対策も急務です。

澤さん
私たちの目標は、農家の方々、それを支持してくださる生活者の方々、企業や行政、研究機関など多様なステークホルダーの方々の力を結集することで実現できると確信しています。
ーーー再生農業への取り組みは持続可能な農業の道を開き、地球環境の保全に役立ち、生産者を豊かにする。味の素グループの志(パーパス)「人・社会・地球のWell-beingに貢献する」に直結するものではないですか?
澤さん
そう思います。味の素グループには100年以上にわたるアミノ酸研究の蓄積があります。アミノサイエンス®という独自の強みを活かし、「人・社会・地球のWell-beingに貢献する」という志の実現に向けて、私も挑戦を続けていきたいと思っています。
ーーー味の素グループと農業のつながりがイメージできなかったのですが、今日のお話でつながりました!
私たちにとっても再生農業の発展は他人事ではありませんでした。今後の進展に注目していきましょう。

澤さんは、種苗メーカー時代にイタリアの産地を5年間担当。食の多様性に深く触れ、未来の子どもたちに豊かな食文化を届けたいという思いを、より強く抱くようになりました

澤 健介
味の素株式会社
サステナビリティ推進部 環境グループ
農学部を卒業後、一貫して食農領域の事業に従事。種苗メーカーで研究開発、自動車メーカーで新規事業開発、農林水産省で産学官連携の支援を経て現職。多角的な立場から農業の発展に取り組んできた経験を活かして、未来へつなぐ持続可能な農業の実現を目指す。
座右の銘は「幸せの量産」。趣味はワインとカフェ巡り。
2026年2月の情報をもとに掲載しています。
再生農業のおもなアプローチ
1.土壌耕起の最小化
土壌を耕すことを最小限にします。土を掘り起こすことで土壌中の炭素が大気中に放出されるからです。これを防ぎ、土壌の構造も守ります。
2.被覆作物(カバークロップ)の活用
被覆作物はカバークロップとも呼びます。土壌がむきだしにならないように植物で覆います。こうすると土壌中に微生物などがすみやすくなり、有機物が増え、大雨が降っても土が流れにくくなります。
3.多様な作物の栽培
多様な作物を植えたり輪作したりすることで土壌の栄養バランスが保たれ、病害虫の発生を抑えることが期待されます。
4.有機物の投入
化学肥料に頼る代わりに堆肥や有機肥料を使って土壌の微生物を豊かにし、土の健康を保ちます。
有機物が豊富に含まれた土壌の様子。湿り気があり、匂いを嗅ぐと複合的な土の香りがする