「AjiPro®-L」は、牛の飼料に混ぜ合わせることで、牛の健康維持に役立つとともに、牛が排出する温室効果ガス(greenhouse gas・GHG)の排出削減に効果があることから、世界中の酪農家・畜産農家や乳業・食肉メーカーから大きな注目を集めています。
さらに味の素社は明治グループとの協業により、「AjiPro®-L」を核としたGHG排出削減と、経済価値創出を同時に実現するビジネスモデルを構築。この取り組みを含めた一連のプロジェクトは、味の素社において、2023年度(令和5年度)ASVアワード金賞を受賞しました。
これはまさにASVのお手本のようなビジネスモデル。いったいどんな仕組みなのでしょうか?
なぜ酪農家・畜産農家と乳業・食肉メーカーがGHG排出量を削減する必要があるの?
いま、世界中の国々や企業が、地球温暖化の一因であるGHG排出量の削減に向けさまざまな行動を起こしています。
世界人口の増加にともなってたんぱく質の需要が高まる中で、たんぱく源としての生乳・牛肉の持続可能な生産が注目されていますが、その一方で牛を生育する際にはGHGが発生します。
GHGというと、二酸化炭素(CO2)を思い浮かべる人が多いと思いますが、牛のゲップから発生するメタン(CH4)や糞尿から発生する一酸化二窒素(N2O)もGHGです。
しかも、CO2と比べて、メタンは約28倍、一酸化二窒素は約300倍もの温室効果があり、牛の生育に関わるGHG排出量は、全世界のGHG排出量の約9.5%(※1)を占めるとされ、地球温暖化の原因の一つとして喫緊の課題になっています。
GHG排出量をいかに削減していくか。酪農・畜産業界のみならず、乳業・食肉メーカーにも早急な対応が求められています。
このような環境において、味の素社が長年のアミノ酸研究を活かして開発した牛用のアミノ酸リジン製剤「AjiPro®-L」を活用したソリューションに注目が集まっています。
※1 出典: Food and Agriculture Organization「Livestock solutions for climate change」 P3 https://www.fao.org/3/I8098EN/i8098en.pdf
GHG排出量と飼料コストが削減できる「AjiPro®-L」とは?
「AjiPro®-L」は、もともと牛の飼料中でもっとも不足しやすい必須アミノ酸の一つであるリジンを効果的に摂取できるよう開発されたアミノ酸製品です。2011年(平成23年)より、北米市場で販売を開始しました。
一般的に飼料として使用される大豆粕は高たんぱくながら高コストで余分なアミノ酸も多く含みますが、「AjiPro®-L」を使用することで大豆粕などの飼料を減らしながら、不足するアミノ酸のリジンを補い、飼料中のアミノ酸バランスを整えることができます。
その結果、乳用牛においては乳量を維持しながら、大豆粕などのたんぱく源となる飼料の栽培・調達時に発生する二酸化炭素(CO2)、糞尿から発生する余剰な窒素由来の一酸化二窒素(N2O)の量を減らすことができ、同時に飼料コストも削減できます。
肉用牛においては、上記の方法に加え、肥育段階で「AjiPro®-L」を飼料に加えてリジンを補うことで、体内で利用されるアミノ酸の量を増加させ、肉用牛の生産性を高めることが可能となります。
結果、肥育日数の短縮、もしくは枝肉重量の増加により、単位重量当たりのメタン(CH4)や一酸化二窒素(N2O)など、飼養時に発生する様々なGHG排出量の削減、そして生産コストの削減が可能となります。
また、飼料中のアミノ酸バランスが整うことで、牛の健康を維持することにも役立ちます。
「AjiPro®-L」はGHG排出量の削減、コスト削減だけでなく、アニマルウエルフェアの観点からも乳業・食肉メーカー、酪農家、畜産農家、地方自治体など各方面から注目されています。
リジンとは?牛のウェルビーイングに貢献する必須アミノ酸
リジンとは、必須アミノ酸のひとつです。
必須アミノ酸とは、体内では合成されず、食餌から摂取する必要のあるアミノ酸のこと。牛だけでなく私たち人間にとっても、たんぱく質を作るのに必要なアミノ酸です。
リジンは、牛にとってもっとも不足しやすいアミノ酸の一つであり、リジンを補った栄養バランスが良い飼料を与えることは、牛の健康を維持するためにもとても重要です。そして、必須アミノ酸のうち1つでも不足するとたんぱく質の生産性が低下し、乳牛の場合は生乳の生産量が減少してしまうのです。(※2)
※2:出典:なぜ乳牛にリジンが必要なのか https://www.ahs.ajinomoto.com/products/feed/pdf/lysine.pdf
しかし、牛は4つの胃を持つ反芻動物で、リジンをそのまま飼料に添加すると第一胃(ルーメン)でバクテリアにほとんど分解されてしまい、栄養として吸収される小腸まで届きません。
そこで味の素グループは、リジンが第一胃で溶け出さないように保護する造粒技術を開発しました。リジンと植物油によるマトリクス構造の表面に保護層をつくり、小腸にたどり着くと消化液の働きでリジンが溶け出す仕組みになっています。
「AjiPro®-L」の技術について、くわしくはこちらをご覧ください。
日本初!アミノ酸製品でJ-クレジット制度を活用したビジネスモデルとは?
さて、ここからが本題。
2023年(令和5年)、味の素社は、明治グループと協業し「AjiPro®-L」とJ-クレジット制度を活用した、GHG排出量削減と経済価値の創出を両立するビジネスモデルを構築しました。
これは、牛の生育に関わるGHG排出量削減という社会課題の解決を行うと同時に、経済価値も生み出そうという取り組みです。なお、酪農におけるアミノ酸製品を活用したJ-クレジット制度のプロジェクトは日本初です。
カーボンクレジット制度には国際的規模のもの、各国独自のものなどがありますが、日本国政府が認証機関となっているカーボンクレジット制度が「J-クレジット制度」であり、CO2等の排出削減量や吸収量を「クレジット」として国が認証するものです。くわしくはこちら。
J-クレジット制度を活用するためは、GHG排出量削減の取り組みを「プロジェクト」として登録する必要があり、味の素社がプロジェクトを登録しています。そして、味の素社が実際のGHG排出削減量を算定するためのモニタリングを行い、モニタリング報告書を作成した上でクレジットの認証を受けるのです。
上の図は、J-クレジット制度を活用したビジネスモデルを示したものです。
明治グループが、味の素社から「AjiPro®-L」を購入して、アミノ酸バランスを適正化した飼料を製造し、酪農家へ提供します。
酪農家は、「AjiPro®-L」配合の飼料を使用することで、GHG排出量と飼料コストの両方を削減することができます。
カーボンクレジットの流れはまず、味の素社が酪農家から、削減したGHG排出量の価値を譲り受け、J-クレジット制度事務局に「モニタリング報告書」を提出することで排出削減量をクレジット化します。そして明治グループは味の素社が取得したクレジットを購入します。
実際には、味の素社へのGHG削減オペレーションに対するサービスフィーを差し引いたクレジット購入代金がGHG排出量削減の当事者である酪農家にインセンティブとして支払われ、酪農家の新たな収入源となります。また、明治グループは購入したクレジットを自社のGHG排出量のオフセットに活用することで、酪農業界全体のGHG排出量削減に寄与することができます。
酪農家にとっての価値
・アミノ酸量のバランス改善飼料により、乳量を維持しながらGHG削減と飼料コスト削減が実現
・新たな収益源としてのGHG削減量に応じたインセンティブの獲得
明治グループにとっての価値
・サステナブルな酪農の実現(将来的な乳原料の安定調達)
・業界全体のGHG排出削減を後押ししながら、将来的な明治グループ全体のカーボンニュートラル達成につながる
味の素社にとっての価値
・持続可能な酪農業の実現に貢献
・「AjiPro®-L」の有用性の理解促進
・「AjiPro®-L」販売拡大による経済価値の創出
・GHG削減オペレーションに対するサービスフィーという新たな経済価値の創出
-
この取り組みについては、明治ホールディングス株式会社「ネクストストーリーズ」でも紹介されています。
- 牛が排出する温室効果ガスを「餌」で削減。明治グループ・味の素・酪農家が手を携えて挑む
J-クレジット制度とは
J-クレジット制度は、日本国政府が創設したカーボンクレジット制度です。省エネルギー設備の導入や、再生可能エネルギー利用によるCO2などのGHG削減量、適切な森林管理によるGHG吸収量を、国がクレジット化して認証するものです。
GHG排出量を削減した企業や団体はクレジットを売却して利益を得られます。また、クレジットを購入した企業や団体は、自身のGHG排出量から購入分を差し引くことができます。
カーボンクレジットとは、カーボン・オフセットの考えから整備されたGHG量の認証制度です。国際的な機関、国の機関、自治体など、公的な信用のある組織や機関が、GHGの排出削減量を「確かに削減されている」と認証を与えます。認証された削減量はクレジットとして金銭化されます。
ちなみに、カーボン・オフセットとは、日常生活や経済活動から排出されるGHGを、その排出量に見合った削減活動によって埋め合わせ、結果的に排出量ゼロになることを目指す考え方です。
●J-クレジット売却する側のメリット
・ランニングコストの低減
・クレジットの売却益を得る
・地球温暖化対策への取り組みに関するPR効果
など
●J-クレジットを購入する側のメリット
・環境貢献企業としてのPR効果
・製品・サービスの差別化
・ビジネス機会の獲得・ネットワークの構築
などが挙げられます。
「AjiPro®-L」を活用したGHG排出量削減の取り組みは海外にも展開中
「AjiPro®-L」は2011年(平成23年)、日本と比べてはるかに巨大な市場であるアメリカで先行発売されました。一方で「AjiPro®-L」とGHG排出削減の経済価値化を組み合わせた本ビジネスモデルは、日本から取り組みがスタートし、現在は海外でも展開中です。
バイオ&ファインケミカル事業本部 CFS事業部 戦略推進Gマネージャー 久戸哲郎さんは、今回の取り組みを、「『AjiPro®-L』は当社の高い技術力を活かした製品であり、牛用アミノ酸リジン製剤における世界トップシェアを有しています。この取り組みはこの製品の優位性に加え、『AjiPro®-L』によるGHG排出量削減の経済価値化する新しい事業モデルを組み合わせています。国内のみならず、海外でも各国の特性にあわせて最適な事業モデルを構築し、この取り組みの世界展開拡大に取り組んでいます」と話します。
牛からのGHG排出量削減は世界の酪農・畜産業界に共通する課題です。「AjiPro®-L」を活用したこの取り組みは、世界の酪農・畜産業界にとって光明となり得ます。
さらに味の素社は、2024年(令和6年)9月にグローバル乳業メーカーであるダノン社と、同社の生乳サプライチェーンから排出されるGHGを削減するためのグローバルでの戦略的パートナーシップを開始しました。味の素社とダノン社は、既にグローバル戦略パートナーシップに関する覚書(MoU)を締結しており、スペイン、ブラジル、米国にあるダノン契約農家や、エジプト、モロッコにあるダノン自社農家での導入に向けた取り組みを進めています。
さらに肉用牛への取り組みを推進する「AjiPro®-L」
また、肉牛でも「AjiPro®-L」を活用した社会価値と経済価値を両立する取り組みを実施しており、2024年(令和6年)4月には、鹿児島県および県内の畜産関係団体などと、肉用牛・乳用牛飼養におけるGHG排出量削減と産業振興を図るため連携協定を締結しました。
鹿児島県は、「AjiPro®-L」を活用したGHG排出量削減ソリューションを採用して、県内の複数の畜産関係団体・畜産事業者・大学・金融機関と連携して取り組みを実施することで、GX(グリーントランスフォーメーション)(※3)を推進します。
県内の産官学金が参加を表明しており、この取り組みの大規模かつ迅速な県全体へ拡大を進めています。また、県と当社が取り組みに参加する団体・事業者・大学・金融機関などと連携し、J-クレジット制度を通じたカーボンクレジットの活用など、畜産事業者へのインセンティブの仕組みの構築や、県産牛肉や生乳の付加価値向上に向けた取り組みも進めています。
さらに、肉牛でも日本国内のみならず海外のパートナー企業と連携して当社のソリューションを世界規模で展開し、地球環境の負荷軽減と経済価値の創出を両立しながら、サステナブルな食システムの構築に貢献していくことを目指して展開を進めています。
(※3)GX(グリーントランスフォーメーション):カーボンニュートラル(GHGの排出を全体としてゼロにすること)と経済成長の両立を目指しながら産業構造の転換を図る取り組み
味の素社のASVから生まれたビジネスモデル
「AjiPro®-L」を活用したGHG排出削減プロジェクトは、酪農・畜産農家の収益改善、GHG排出量削減という社会課題を解決し、製品販売のみならず、GHG排出削減量を経済価値化することで収益を創出する新たなビジネスモデルです。
つまり、事業を通じて社会価値と経済価値の実現を目指す、ASV「ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)」をかたちにしたプロジェクトとして大きく注目されています。
ASVとは、CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)に由来しており、企業が自社の売上や利益を追求するだけでなく、自社の事業を通じて社会が抱える課題や問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的な価値も創造されることです。
味の素グループでは、パーパスを実現するためにASVの取り組みを進めています。味の素社は、2020年度(令和2年度)よりASVによる価値創出に不可欠な従業員エンゲージメント(ASV自分ごと化)を高めるマネジメントサイクルに取り組んできました。
味の素グループの従業員は、従業員一人ひとりの「志」と味の素グループの「志」が重なる部分とは何かを考え、従業員一人ひとりが主人公となり、「ありたい姿」の実現に挑戦し続けることを目指しています。
ASVマネジメントサイクルのプロセスを経て、組織として実行/実践を進めていきました。
その成果もあって、本プロジェクト「『AjiPro®-L』を用いた乳牛・肉牛由来の温室効果ガス排出削減の取り組み」が、2023年度(令和5年度)のASVアワード金賞を受賞しました。
当事業を担当したCFS事業部 戦略推進グループ長の武内祥平さんに、ASVマネジメントサイクルの視点から、ASVを実践するうえで重視している点について聞きました。
ーーーASVを実践するうえで、このビジネスにおいて重視していることは何ですか?
武内:段階ごとに3点あります。まず、当社独自の技術を用い社会価値を創出すること。次に、社会価値を経済価値化できる事業モデルをデザインすること。そして、当社以外に志をともにする他社も巻き込みながら社会実装することです。
ーーー今回のビジネスモデルを構築する経緯で、ASVマネジメントサイクルとの接点があると感じるポイントは?
武内:当事業が提供できる価値を、チームで徹底して議論し磨き上げました。この過程で各人が事業を自分ごと化し、自分の言葉で自信を持って事業価値を発信できるようになったことがポイントだと思います。これにより社内、社外の関係者も巻き込むことが可能となり、またそこから得られたフィードバックをもとにさらに磨き込むサイクルが生まれ、変革が進んだと考えています。
ーーー武内さんにとってのASVとは何でしょうか?
武内:私にとってのASVは、当社のアミノサイエンス®で、社会のシステムを変革し気候変動のような社会課題の解決に貢献することで、笑顔があふれる未来を実現することです。今後も、当社ならではの技術力を価値に変えて持続可能な事業をデザインし社会実装していくことで、ASVの実現に尽力していきたいです。
今後、「『AjiPro®-L』を用いた乳牛・肉牛由来の温室効果ガス排出削減の取り組み」による成果報告が楽しみです。
「ASVアワード」受賞者コメント
武内祥平
CFS事業部 戦略推進グループ長
今回の受賞は、農家の収益を向上させながら乳牛・肉牛由来の温室効果ガスを削減したうえで、削減したGHGを経済価値化することで収益を創出する新たなビジネスモデルを構築した点、そして関係業界や地方自治体を巻き込みながら社会実装をした点が評価されたと思います。社内のみならず、社外の審査委員の方からも評価いただけたことはチームのメンバーたちの自信につながり、今後の仕事にも大いに励みになると感じています。
ASVアワードとは?
「ASVアワード」とは、味の素グループのASVを中核に据えた事業展開において、革新性・独創性のある事業活動を通じて社会価値と経済価値を共創した取り組みを表彰する施策です。
過去の取り組みはこちら
2024年12月の情報をもとに掲載しています。
関連リンク- アミノ酸で人と牛、そして地球にも貢献する味の素社の牛用アミノ酸リジン製剤AjiPro®-L。そのサステナブルな技術としくみがおもしろい | sotokoto online(ソトコトオンライン)
- 飼料を変えて温室効果ガスを削減 研究プロジェクトで飼育した牛肉が予想以上の反響|マイナビ農業
- うんちの質を改善するアミノ酸?家畜用飼料とサステナビリティ
- 牛のうんちで地球温暖化防止に貢献していきます! | TikTok