2022年度の金賞に輝いたのは、グローバルなワンチームによる温室効果ガス(GHG)削減に貢献した「BRIDGE」プロジェクトでした。
この画期的なバリューチェーン横断型プロジェクトを立ち上げたタイ味の素社T-TEC(Thai Technology and Engineering Center)長 兼 FDグリーン社長の⽯川浩平さんに話を聞きました。
微生物研究への思いから味の素グループへ
大学で出合った微生物研究を一生の仕事にしたいと、就職先として「世界一のアミノ酸発酵技術」を持つ味の素グループを希望した石川さん。そこには微生物研究への並々ならぬ強い思いがあったそうです。
石川:牛乳がチーズやヨーグルトに変わるように、目には見えないのに新しい物質を生み出す微生物に大きな魅力と無限の可能性を感じました。味の素グループは優秀な研究者がそろっていて、ハイレベルな環境で研究を続けたいという思いが強くありました。
配属先のバイオ・ファイン研究所で研究や開発に従事し、並行して博士号を取得。研究の成果が商品になり、世界に送り出されることに大きなやりがいを感じたと話す石川さん。
2012年(平成24年)、欧州味の素食品社への出向が決まり、家族と一緒に赴任したフランスでは、仕事や環境問題に関して多くの刺激と学びを得たと言います。
石川:スーパーに行っても、子どもに学校の話を聞いても、市民レベルで環境問題に真剣に取り組んでいること、そして認証ラベルなどが浸透していて、サステナビリティが企業価値に直結していることを肌で感じました。また、ラボだけでなく生産現場に近い部署でさまざまな人と接したことで、自分の中の意識も変化しました。自分が携わる事業を通じてサステナビリティの取り組みを進めたいという思いが強くなりました。
MSG/うま味事業の抱える課題
フランス赴任を終えて帰国した石川さんは、日本におけるサステナビリティに関する取り組みの現状に驚いたと言います。同時に、味の素グループのMSG※/うま味事業における環境活動にも、課題があることを実感したそうです。
*MSGとは、MonoSodium Glutamateの略で、グルタミン酸ナトリウムのことをいいます。うま味調味料「味の素®」などの原材料として活用しています。
石川:社会全体が脱炭素化を目指し、環境低負荷型のエコシステム構築が求められる中、うま味事業では、排出される温室効果ガスが全社の約40%以上を占めるなどの課題を抱えていました。うま味事業の代表的な製品「Aji-no-moto®」は、世界11工場で生産、130ヵ国以上で販売されており、各地域に素晴らしい取り組みがされています。しかし、せっかく有効な手法や新技術があっても、全体で共有される仕組みがなく、同じような課題を抱えているグループに情報が伝わらないのです。また、私の所属していた事業部門のリーダーシップが原因で、関係部門間の連携がうまく行かないことがあり、ラボで開発された新技術の工場導入に遅れが生じることも珍しくありませんでした。
こうした課題を解決するには、既存の縦割り型の体制を変える必要があると考え、国内・海外法人を巻き込んだ「BRIDGE」プロジェクトの構想が始まりました。
プロジェクト名称:BRIDGE
(Building Umami R&D/production/business Integrated sustainable structure through DX and Group's Environmental friendly technology))
BRIDGEの立ち上げから浸透へ
石川:当初は環境課題の解決を目的に構想を進めたものの、同じような課題はバリューチェーン全体で見られることに気づきました。そうであれば、うま味事業全体を強化しようということで、グローバルなバリューチェーン(開発・生産・販売・サプライチェーンマネジメント)を構成する組織横断型のプロジェクトを立ち上げることにしました。
石川:プロジェクトを構成する5つのワーキングチームは、日本国内の組織だけでなく、タイ、ブラジル、アメリカ、インドネシア、ベトナムなどの海外法人を巻き込み、100名以上が関与する大きなプロジェクトでした。とくに重要だと感じたのは、「ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)」という価値観をそれぞれの業務に落とし込むことでした。まずは2025年度の目標として社会価値(二酸化炭素排出量を40%削減)と経済価値(40億円の事業利益)を設定し、実現するための具体的な戦略策定、プロジェクトマネジメントを、仲間たちと一緒に徹底的に考えました。
持続的なイノベーション創出を仕組み化するため、法人や組織をまたいだプロジェクト体制を構築し、ラボと生産現場の一体化により開発を推進する、海外法人・工場間のナレッジ共有体制を構築する、などの施策を掲げました。
石川:それでも、仕組みを作るだけでは機能しませんから、そこに向かう関係者のモチベーションを向上させることが重要でした。そのためには、それぞれの業務が自分の部署を超えてつながっていて、バリューチェーン全体の目標に貢献する大切なピースなのだと実感できるような環境づくりが必要でした。そこで、施策に挙げたのが会議だけに頼らない多面的なコミュニケーションの強化です。例えば社内で立ち上げたSNSに各法人が現況や情報を投稿する、オンラインミーティングでベストプラクティスを教え合う、組織横断型の個人目標発表会を行うなど、うま味事業に携わる人が楽しく自発的に交流し、誇りを持って仕事に取り組める環境が生まれました。
法人や部署の枠組みを超えて人や情報がつながる。うま味事業全体がワンチームとして一つの目標に取り組む。BRIDGEは、その名の通り、会社全体の「橋渡し」をする仕組みを作り、そして意識改革を行うものでした。
プロジェクトの構想から企画、提案はおもに石川さんが実行、立ち上げ時には志を同じくした仲間が積極的に協力してくれました。やがて多くの支持と賛同を得て、プロジェクトに込めた思いは会社全体に浸透していきます。
BRIDGEプロジェクトによる成果
プロジェクトを通じた取り組みによって生まれた成果は一つではありません。
効率化によるコスト削減、環境に配慮した技術活用による温室効果ガス(GHG)削減、「低炭素化」を強みとした製品の付加価値向上のほか、サプライチェーンマネジメント改善により棚卸資産も削減し、サステナビリティ活動を通じた顧客との強い信頼関係が構築されました。
加えて、チーム間のシナジーの最大化、社員のエンゲージメント強化にもつながりました。構想時に目指した「当社の無形資産である人財、技術、組織の強化・連携によるスピードアップ×スケールアップ」が実現し、MSG(グルタミン酸ナトリウム)・核酸製造時の温室効果ガス(GHG)排出量の大幅削減という大きな実を結んだのです。
石川:「2030年までに環境負荷を50%削減」という全社目標に短期間で大きく貢献したことが評価され、BRIDGEの取り組みが2022年度のASVアワード金賞を受賞しました。プロジェクトを通じて生まれた成果や喜びによって、ASVへの理解も深まったと思います。道半ばではありますが、素晴らしい仲間たちと、笑顔で成し遂げた成果を誇りに思います。
さらに変革を続けるBRIDGE
こうしたフェーズを経て、2023年(令和5年)からはプロジェクトの見直しや改善を図り、持続的に成長できる事業構造を目指してさらに変革を続けています。ASVを文化として浸透させる「自分ごと化」や各法人の連携の強化など、さらに進化して価値を生み出せる余地があると石川さんは言います。
石川:2023年からはタイ味の素社に移り、プロジェクト運営からは離れましたが、より実務に近い立場でBRIDGEに携わっています。これまでと違う新たな視点で、うま味事業へ貢献できると思います。
今後の展望、思い描く未来
石川さんに今後の展望を訊ねると、「バイオサイクルの確立と進化」という明確な目標を掲げました。
石川:MSGの製造過程で出た副産物を高機能・高付加価値の有機肥料や農業資材にするなど、うま味事業のサーキュラーエコノミーを進化させたいと考えています。タイではキャッサバ農家の生産性・所得拡大と環境負荷を低減する持続可能な農業を確立させることが、ASVの実現につながると思います。BRIDGEもこのサイクルの一環ですが、さらに進化する余地があるはずです。
「技術の進化に限界はないし、人も常に進化していける」と石川さんは話します。
石川さんが立ち上げ、育て、花を咲かせたBRIDGEは、味の素グループ内に根付き、限りなく広がっていくでしょう。
⽯川浩平
タイ味の素社T-TEC(Thai Technology and Engineering Center)長 兼 FDグリーン社長
2000年よりバイオ・ファイン研究所で微生物を用いたアミノ酸発酵の基盤研究、開発業務に従事、並行して博士号を取得。フランスの欧州味の素食品への出向を経て、ソリューション&イングリディエンツ事業部にて、グローバルうま味事業の技術統括として、開発・生産・SCM・品証・サステナブル・DXなどを担当。2019年よりプロジェクトBRIDGEをスタート。
2024年よりタイ味の素社に出向。T-TEC長(発酵素材系の技術開発センター)、FD Green社長を兼務。
マネジメントポリシーは「Work with Smile」。自身にとってのASVは「行動基準となる価値観」であり、「モチベーションの根幹」。仕事で迷ったときは、いつもASVを基準に判断するように心がけています。
趣味はゴルフ、おいしいレストラン巡り、旅行。
2024年2月の情報をもとに掲載しています。
ASVアワード2022
金賞:MSG・核酸事業におけるグローバルワンチームによる「温室効果ガス削減」への貢献
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