第六回目は、タイのチェンマイから。情報提供と写真は現地在住の岡本麻里さん。タイ人のメムさんに習いながら、残ったカレーを活用した家庭料理をご紹介します。
祝い事のお供えものをリメイクしたゲーン・ホッ
辛み・甘み・酸味・塩味の絶妙なバランスの味付けが特徴のタイ料理。世界三大スープに称されるトムヤムクンをはじめ、スパイスたっぷりなカレーなど、日本で食べられる料理も増えてきました。そのカレーが今回のテーマです。
私たちがよく知るグリーンカレーやレッドカレーなどをリメイクした料理が「ゲーン・ホッ」です。ゲーン・ホッはタイ北部の料理で、「ゲーン」は汁物やカレーなど、汁がある料理全般のことをいい、「ホッ」は北部の言葉で「混ぜる」という意味です。
タイ正月(ソンクラーン)や仏教行事、新築祝いなど、昔から行事がある時に食べるので、「ゲーン・ホッ」といえば、祝い事、親戚一同が集まる時、といった明るいイメージがあるそうです。
タイでは行事があると、各家庭で料理を作ってお寺に供えものをしますが、とにかく量が多いのです。僧侶が手をつけなかった料理がたくさん残る、さてどうしよう?ということで、お寺に残った料理を混ぜて、新しい料理にしてしまったのがゲーン・ホッのはじまりです。
ゲーン・ホッは家庭でも作ります。行事の前日にお供えの料理を何品かつくりますが、多めに作るので鍋にたくさん余ります。料理を供えた後、今度は残った料理を混ぜて新しくゲーン・ホッを作り、また、お寺に供えます。
最後に残ったものは家庭でまたゲーン・ホッをつくり家族で食べ、料理は全部無くなります。さて、どんな風につくるのか、そのリメイク術を見てみましょう!
残り物に香りと食感を加えてつくります
ゲーン・ホッの材料は、基本的には何を入れてもいいというのがポイント。
残ったスープやカレー、炒め物など、なんでもOK。冷蔵庫にグリーンカレーがあればグリーンカレー、バジル炒めがあればバジル炒め、ココナッツスープがあればそれ、といった具合にちゃんぽん状態で構いません。
ただし、入れてはいけないのが、プラーラー(魚の塩辛のようなもの)が入っている料理。それを入れると味が変わってしまうのでいれません。
タイ人のメムさんの作り方を見ていきましょう。彼女が必ず入れるのは、「ゲーン・ハンレー」と「ゲーン・ペット」。「ゲーン・ハンレー」は、ガラムマサラがきいた豚肉のカレーで、どこか日本のカレーを思い出す味。「ゲーン・ペット」は日本のレストランでも食べられるレッドカレー。この2つがあれば、特に調味料を入れなくても全体の味が決まります。
それがない場合は、レッドカレーペーストやガラムマサラを足します。メムさんにとって、ゲーン・ハンレーと筍漬け、この2つは絶対にはずせないと言います。筍漬けを入れる理由は後半に書きます。
あとは、新たに好きな野菜やハーブを加えます。例えば香りを引き立てるために、レモングラス、コブミカンの葉、ガランガル(ショウガ科)、ニンニク、食べ応えを出すために、春雨や青菜、スズメナスビ(小さなナス)なども入れます。油でニンニクを炒めて香りを出し、レモングラス、ガランガル(ショウガ科)を炒め、ナスなど硬いものから炒めていきます。次に筍漬けと残り物料理を入れ青菜を入れます。次に春雨を入れ、千切りにしたコブミカンの葉を入れ、必要なら少量のタイの醤油と砂糖を入れ、最後に揚げニンニクをのせればできあがりです。
かつての味を再現するために入れる酸味のある筍漬け
メムさんの家では、ゲーン・ホッは、甕(かめ/素焼きの器)に、いくつかの料理を入れ、それを一晩土に埋めてから翌日ゲーン・ホッを作ったといいます。きっと冷蔵庫がなかった時代、その温度が保存するのにちょうどよかったのかもしれませんが、何よりもその方がおいしくなるのです。
ゲーン・ホッの特徴は少し発酵したような味がしますが、当時のなごり(少し酸っぱくなる)を再現するために、酸味のある筍漬けを入れているのです。なんでも混ぜて大丈夫?と思いますが、意外や意外、それぞれがうまくからみあっていい味を出すのがゲーン・ホッ。新鮮なハーブに残り物カレーのスパイスなども加わり、複雑な味がうまれます。レモングラスやガランガル(ショウガ科)、コブミカンの葉の香りが良く、硬いもの、柔らかいもの、酸味、辛味、甘味など、テクスチャも味も香りもいろいろで、一口ごとに新しい発見があります。春雨が汁を吸ってくれるので、できあがりは少ししっとりしている程度(焼きそばのような仕上がり)。一晩おいたほうが、味がなじんでもっとおいしくなるとか。地元の野菜やハーブがたっぷり入っているので、とても健康的な料理なのです。
テキスト:村上千砂(TNC inc.)
フードプランナー、「Maison de Tsuyuki」料理人。大阪芸術大学卒業後、株式会社日本リクルートセンター入社。その後、フリーの編集者として活動し2004年に株式会社TNC設立。国内外の取材を通じた「食」の縁は仕事も人生も豊かにした。
2022年5月の情報をもとに掲載しています。