WORLD UMAMI FORUMの
講演要旨
講演、料理実演、パネル展示、パネルディスカッション、いずれも好評を得ました。そのエッセンスを紹介します。
おいしさの基本要素
アリ・ブーザリさん
パイロットR&D社
最高科学責任者(CSO)
博士
ブーザリ博士は、科学者でありシェフでもあり、レストランのメニューや商品開発の支援、若手シェフの教育、本の執筆など幅広く活躍。講演では、「おいしさを構成する要素には、味、香り、食感、音、食べる人の感情や食事の環境など、さまざまなものがあります。料理は水分、糖、炭水化物(糖がつながったもの)、脂質、たんぱく質(アミノ酸)、ミネラル、ガス、熱で構成されます。例えば、クリスピーな食感は糖、アミノ酸、水分、熱で、うま味はアミノ酸とミネラルで構成されます。グルタミン酸は全ての生物の細胞に存在する基本物質です」と解説しました。
うま味の歴史と世界への伝播
ジョルダン・サンドさん
ジョージタウン大学
日本史・日本文化学
教授
近代日本の生活文化に関する歴史研究を専門とするサンド教授は、自著『帝国日本の生活空間』の中で「味の素-味覚の帝国とグローバリゼーション」を紹介。講演では、「19世紀に北海道から昆布が松前船で日本各地に運搬されていたことがうま味文化の伝搬の始まりです。19世紀後半にヨーロッパで開発された濃縮牛肉エキスや酵母エキスはMSGと同様に、大量生産が可能な調味料でうま味がベースです。1968年以降、逆風にさらされたMSGですが、それ以前の1950年代には軍用食にも使用されるなど米国においてもMSGが普及していました」と説明しました。
グルタミン酸とは?
リサ・ワトソンさん
グルタミン酸協会(TGA)
専務理事
ワトソン氏は、TGAを通じてMSGに関する教育やキーオピニオンリーダーの育成に長年にわたり貢献。「グルタミン酸はチーズ、肉、トマトなどの食材、母乳にも含まれているアミノ酸です。体内では細胞の栄養分となり、体の機能維持に不可欠です。調味料であるMSGの安全性は国際的に認められており、減塩料理をおいしくするのに有効であることは米科学アカデミーの減塩委員会も紹介しています。MSGは発酵法で生産されたナチュラルな物質であるにもかかわらず、管理栄養士と調理師における調査では、うま味には約半数が肯定的ですが、MSGには6割が否定的。MSGについての正しい情報がメディアを通じて浸透すれば、生活者の捉え方も大きく変わるでしょう」と述べました。
チャイニーズレストラン・シンドローム:なぜアメリカ人はMSGを恐れ、うま味を好む?
サラ・ローマンさん
米国の食・料理の
歴史研究家、作家
ローマン氏は、自著『エイト・フレーバーズ』の中で、移民が持ち込み米国に定着したフレーバーの一つがMSGであることを紹介。講演では、「MSGは1930年代には“良いもの”でありMSGを使用した製品には“MSG入り”と表示があったほど。しかし1 9 6 8 年、クウォック博士の『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』誌の編集者宛レターの投稿を契機に、確かな科学的根拠もないまま、MSGはすっかり悪者にされてしまいました。その背景には中華系移民とMSGに対する偏見があります。その後、ハーバード大学、ノースウェスタン大学、カリフォルニア大学で行われた大規模臨床試験により、MSGはチャイニーズレストラン・シンドロームとは全く関係がないことが判明。今や米国自体が多くの移民を受け入れ、変化しています。若手シェフ、特にアジア系のシェフが自らの食文化の一部であるMSGを堂々と使用し、アメリカ人の認識を変えつつあります」と説明しました。
味と風味 : 感じる理由とその仕組み
ギャリー・ビーチャムさん
米国モネル化学感覚研究所
最高名誉理事
博士
ビーチャム博士は味と香り、風味に関する基礎研究およびうま味研究の第一人者で、味の素グループとの共同研究も多く手掛けています。講演では、「5つの基本味には生理的役割があり、うま味はたんぱく質摂取のシグナルです。うま味は他の4つの基本味とは異なる味覚特性を持っていて、その物自体は好ましい味ではありませんが食品に添加すると風味を増強させます。母乳に豊富に含まれているグルタミン酸は、乳児の満足感を促すことが最近の研究で示唆されています。ヒトのうま味受容体はグルタミン酸のみに反応することから、グルタミン酸が生体にとって重要な役割を持つことは確かですが、なぜ食品をおいしくするのか、なぜヒトの母乳に豊富に含まれているのか、その生理機能など、今後もさらなる研究が必要です」と述べました。
〈パネル展示〉 米国におけるMSGの歴史
ナディア・バーンスタインさん
フレーバーサイエンスの
歴史研究家
博士
バーンスタイン博士はフレーバーサイエンスの歴史に関する若手第一人者。展示では、米国におけるMSGの歴史は文化的、政治的、社会的、技術的な意味合いでさまざまなエピソードに満ちていること、MSGは1920年代には米国の加工食品業界が幅広く使用し、料理本では「グルメパウダー」と紹介されていたこと、1940~50年代には米軍が軍の食事をおいしくするためにMSGを使用していたこと、そして味の素㈱などによるMSGの生産は、世界初のアミノ酸の工業スケールでの生産であり、その後のアミノ酸発酵の端緒となったことなど、米国におけるMSGの歴史が紹介されました。
うま味ってどんな味?みんなで一緒に体験しましょう!
二宮 くみ子さん
うま味インフォメーション
センター理事、
味の素㈱上席理
二宮博士のニックネームは「うま味ママ」。講演では、「うま味物質であるグルタミン酸はアミノ酸の一種でたんぱく質の構成成分。たんぱく質には味がありませんが個々のアミノ酸には味があり、食品の味に関与しています。日本の昆布だしに含まれるアミノ酸はほとんどがグルタミン酸ですが、西洋のスープストックにはさまざまなアミノ酸が含まれ味も複雑です。」と解説。うま味のテイスティングをナビゲートし、乾燥トマトの試食を通じて、甘味と酸味の後に舌の上に持続して感じる独特の感覚がうま味であると解説。減塩野菜スープが少量のMSGでおいしくなること、さらにイノシン酸との相乗効果により一層風味が増強するなど、うま味の驚きの効果を参加者全員で体験しました。
〈料理実演〉 世界のうま味料理巡り
クリス・ケトケさん
シェフ、
コンプリ―トカリナリー社
CEO
シカゴのケンドール大学料理学部部長、ローリエイト国際大学連盟の料理部門長を務め、うま味普及に貢献。ケトケシェフは、アメリカ人が好むステーキのアンチョビバター添え、フランス料理でよく使われる乾燥あみがさ茸のソース、その他、スイス、タイ、韓国、メキシコのうま味料理を壇上で作りながら、きのこは乾燥の過程でうま味成分と香り成分が増えること、チーズは熟成過程でたんぱく質が分解されてグルタミン酸が増加することを解説。アジアのみならず世界各国でうま味が科学的に解明される以前から、おいしい料理作りに使われてきたことを披露しました。
MSGの誤解を解く
異なる分野の専門家5人がパネリストとして登壇、MSGにまつわる誤解について一刀両断。そして「MSGについての悪いイメージや認識を変えるには?」について意見交換をしました。「MSGは母乳やいろいろな食品に含まれているからナチュラルだ」「FDAもMSGは安全な食品添加物と分類している」「うま味のテイスティングなどの実体験で自分事化するのが有効」「若い世代のMSGの誤解を解くMSGに対する認識はそれほどネガティブではない」「心理学的にみて、ヒトは誰でも偏見を持っている。また、ヒトは直感に基づく速い脳と論理的に考える遅い脳がある。遅い脳は、速い脳の判断をサポートする論理を構築する」など。
MSGは食物や母乳に含まれる物質で、料理をおいしくするツール、おいしい減塩の実践に有用だといった正しい情報提供と教育の重要性が共有されました。
パネリスト
フード・サイエンスライターハロルド・マギーさん
The Sporkful」ポッドキャスト・ホストダン・パッシュマンさん
管理栄養士 博士メアリー・リー・チンさん
ペンシルベニア大学ウォートンスクール シニア・リサーチフェロー 博士ジェイソン・リースさん
味の素ヘルス・アンド・ニュートリション・ノースアメリカ社 広報部シニア・ディレクター 博士ティア・レインズさん
2019年12月の情報をもとに掲載しています。